「446億ドルに上る企業買収提案」「インターネットビジネスの覇権争い」と報じられると、時代の最先端を行く話に聞こえるが、米マイクロソフトが今抱えている問題は、一世を風靡した成熟企業であれば必ず直面するものである。買収金額や事業領域を取り払って見れば、マイクロソフトの米ヤフー買収提案は、様々な事業領域の成熟企業各社にとって遠い世界の出来事ではない。

 マイクロソフトの悩みの1つは、事業の多角化であり、新規事業の創出である。同社のドル箱は、ワープロや表計算ソフトを含む「Office」と呼ばれる製品と、その製品を支える基本ソフト「Windows」。これ以外の製品も売り上げを伸ばしているが、コンピューターに搭載するソフトウエア製品を開発し、販売する点では変わりがない。つまり、同社をあえて分類すれば「製造業」の仲間に入る。いったん作り上げてしまえば後はコピーをするだけで大量出荷が可能になるソフトの開発・販売事業は、部品調達や大規模な工場が必要な従来の製造業とは一線を画すものの、それでも製造業の一種である。

 これに対し、今回買収しようとするヤフーや、マイクロソフトがライバル視している米グーグルは、インターネット上で検索やオークション、情報提供を行うサービス会社である。といっても事業収入のほとんどは広告だから、サービスの受益者から対価を得ているわけではない。近いのは、テレビ放送会社だろう。

 つまり、今回の買収提案は、トヨタ自動車が多角化を狙って、TBSの買収に乗り出したようなものである。当然、企業体質や文化の差、異なる事業領域の経営経験といった、企業買収につきまとう課題がそのまま出てくる。マイクロソフトはこれまで、百を優に超える企業買収を手がけており、IT(情報技術)産業の中では、企業買収がうまい会社とされてきたが、今回も成功するかどうかは分からない。

 というのも、今までの買収は、「企業や製品というより人を買う」やり方で成果を挙げていたからだ。つまりマイクロソフトとして取り組みたい分野で先行しているベンチャー企業に目をつけ、買収し、その企業の技術者にストックオプションを与え、マイクロソフトにしっかり取り込んでしまう。もっとも金だけで技術者を押さえているわけではない。技術者にとってみると、マイクロソフトを通じて売ってもらった方が、ベンチャーにいるより、はるかに多くの利用者に自分が開発した製品や技術を届けられる。マイクロソフトはパソコンの基本ソフト市場を独占しており、この基本ソフトと絡めて製品や技術を出荷できるからだ。

 だが、ヤフーのようなサービス/広告会社を買う場合、これまでのような買収効果を出せるわけではない。製品や技術であればOfficeやWindows に組み込んで販売できるが、サービス/広告は、パソコンから見るものであっても、パソコンに組み込むものではない。トヨタがTBSを買収し、トヨタ車の中でTBSの放送を見られるようにしたところで、ドライバーがTBSの番組を見るかどうかは別の話である。