ソフトバンクBB CS
筒井 多圭志

 NGNに関して,どうも腑に落ちない点がある。NTT東日本/西日本が2008年3月31日に開始したNGNサービス「フレッツ 光ネクスト」のことである。「Bフレッツ」と同じく光ファイバ・ベースのブロードバンド・アクセス・サービスなのだが,光の芯線,スプリッタなどのアクセス設備を別に用意している。いうまでもないが,フレッツ 光ネクストもBフレッツも,ユーザー宅とNTT局舎の間を光ファイバで接続するわけで両者に違いはない。どこの世界に同じアクセス設備を,分割損を大量に発生させて2重に持つ事業者がいるだろうか?

 異なるネットワーク・サービスでも,上位でサービスを振り分ける仕掛けを用意すれば,単一のアクセス設備を共用できるのは明らかである。地域IP網とNGN網で,アクセス設備を共有するのはごく自然なこと。NTTの対応は,不可思議としかいいようがない。

光ファイバを貸し出す条件で論争

 NTT東西は,光ファイバをサービスとは分離して提供している(アンバンドリング)。接続事業者はその光ファイバを借りて,NGNなどのサービスを提供できるわけだ。しかし,ソフトバンクやKDDIなどの光ファイバを借りる側(接続事業者)とNTTの間で,その条件などで激しい論争を繰り返してきた。

 NGNといった次世代のネットワークを考えるとき,高速なアクセス回線を各家庭にどのように導入するかという点が重要である。WiMAXやHSPA+(High Speed Packet Access Evolved),LTE(Long Term Evolution)などの無線通信を導入する方法が考えられる。しかし,帯域の有効利用,また長期的な見地からすると,光ファイバがもっとも適切で最右翼である。

 しかし,我が国では光ファイバ・ケーブルがほぼNTT東西によって独占されている。NTT東西以外の接続事業者は,NTT東西の光ファイバ・ケーブルを借用して競争力のあるサービスが提供できればいいのだが,論争の結果,その道が閉ざされた。NTTの光ファイバを利用して,Bフレッツやフレッツ 光ネクストと同等の料金でサービスを提供するのは事実上不可能となった。光ファイバでは,DSLのような料金の低廉化は望めないだろう。

 論争の焦点となったのが「分岐端末回線単位接続」の是非である。一言でいえば,NTTの光ファイバを接続事業者が借りる場合,1本ずつ借りられるようにするかどうかという論争である。この論争は,総務省の下,分岐端末回線単位接続は認められない。NTTとスプリッタおよび光信号伝送装置(OSU)を共用させてもらえない,すなわち,NTTと,同様のサービスを提供しようと思うと,自らで8分岐を埋めていく形でしか光ファイバを借りられないということで決着している。

■論争の概要は「岐路に立つ光アクセス」参照

NTT東西はPONを前提にコスト設計

 8本単位の背景にあるのが,1本の光ファイバをスター型に分岐して複数ユーザーに接続する「PON(Passive Optical Network)技術」。NTT東西がPONを採用し,それを前提に光アクセス設備のコスト設計をしている。具体的には,まずNTT東西内のOSUとつながる光ファイバ(信号)を,局内スプリッタで4分岐する。そしてユーザー宅の近くに設置した局外スプリッタでさらに8分岐する。

 NTT東西のサービスは,およそ47世帯(実際には,光配線区画の中の戸建ての数は区画によって異なる。NTTによると,NTT東日本エリアで約59世帯,NTT西日本エリアで約35世帯)の中の8ユーザーに対してサービスするように最適化されていると言えるだろう。

 接続事業者がNTT東西から光ファイバを借りる場合,この局外スプリッタ単位,つまり8本単位となっている。8本単位で借りても対象区域である47世帯のうち,ある程度,たとえば6ユーザーを獲得できれば,NTT東西と同等の収支でサービスが可能になる。NTT東西は2008年3月までの約7年間がんばってBフレッツは,戸建て552万回線,マンション352万回線まで伸ばした。それでも,全国の8分岐(屋外スプリッタ)の平均稼働率は,光配線区画が人口カバー率70%の時点で約150万区画(注)あり,3.68/8(46%)に過ぎない。しかも,カバー率が上がってくるにつれて光配線区画はもっと増えており,現在は,平準化した稼働率はさらに低い。KDDI,イー・アクセスも,同様に,60%の稼働率そのものを疑問視している。

 ちなみに,ソフトバンクBBが猛烈にがんばったDSLの獲得実績は,約500万である。そこで,ラグランジュポイント(月と地球の引力の均衡点:この場合,獲得と解約が均衡するレベル)を迎えている。

 NTT東西の当初のユーザー料金設定の根拠は,8分岐の稼働率60%(4.8/8)である(関連資料1関連資料2:PDF)。その稼働率にいまだ達していないのが現状である。我々接続事業者が8分岐単位で借りたとしても,稼働率がNTT以下になることは必定といえる。NTTに対抗して,同等な価格設定ができるわけがない。NTT自身,60%に到達することは困難であるため,8分岐を共用して「(3.68+接続事業者)/8」にすればいいではないかというのが,分岐端末回線単位接続(=OSU共用)の提案である。

 このような提案は過去にKDDIなどからもなされ,数年にわたる論戦を繰り広げた。結局,裁定は「NGN接続ルール」の場に持ち越され,2008年3月に総務省の裁定で,分岐端末回線単位接続への道は事実上閉ざされた。

 この結果として,NTT東西は,自らリスクを負っていると主張しているとはいえ,光ファイバの独占を強めたといえる。これは危惧すべきことである。現にマンションのインターネットは値上がりし始めている。接続事業者が事実上,FTTHの本格的な展開ができず,競争は空白であるのが原因である。このような値上がりが一戸建てなどにも,波及するのではないだろうか?

 総務省は現行のままではNTTの独占が進むことはわかっている。しかし“世界最先端のブロードバンド国家”の推進という政策が成果を上げている,という勲章が欲しいのだろうか。そのためのNGNであり,国民を無視しているのではないだろうか。NTT,総務省とも上記自分の思惑が先行し,どのようなFTTH政策が社会厚生を実現するか,の視点での議論が欠落している。NTT東西はエンドユーザーにとっては,OSU共用のような「サービス競争」ではなく,「設備競争」が重要であると主張している。

今後,光アクセス設備の稼働率がさらに下がる

 8分岐の稼働率が低いもかかわらず,NTT東西は,あえてフレッツ 光ネクストのアクセス設備をBフレッツと分ける。フレッツ 光ネクスト用にBフレッツ用とは別に屋内スプリッタを設置し,アクセス・ネットワークをあえて2重設置することにしている。

 Bフレッツは約7年間でようやく8分岐の稼働率を46%までもってきたのに,NGNでは別のスプリッタを設ける。当然,Bフレッツの獲得をやめ,NGNに巻き取っていくことになる。最後は,BフレッツのOSUのユーザーは「0」にするわけで,1兆円近い不採算が発生するとみている(関連資料:PDF)。

  NTT東西は今年度,東西合わせてフレッツ 光ネクストの契約を80万回線獲得すると言っている。一方,Bフレッツは今年度,東西合計で340万回線(マンション含む)の獲得を目指すという。あいかわらず,デュアル・ネットワークの構築にまい進し,将来の巻き取りコストの拡大に突き進んでいる。

 Bフレッツとアクセス設備を共有すれば設備稼働率を改善できる。さらに接続事業者の分岐端末回線単位接続のニーズも取り込めば,メタル回線の巻き取りもおのずと進み,アクセス網維持全体にかかるコストも低下する。

 こう考えるとNTT東西の行動は,“接続事業者憎し”にしか見えない。もし,Bフレッツとフレッツ 光ネクストで,スプリッタおよびOSUを共用していたら,接続事業者が全く同じスキームでスプリッタとOSUを共用させてほしいと言ってくるのを拒絶するために見える。まさに“肉を切らせて骨を絶つ”という愚であるが,総務省はそれを是正指導せず,「分岐端末回線単位接続」問題を,ダーク・ファイバの100円程度の追加値下げ談義に矮小化してしまっている。

 接続事業者が退出してそのうちほとぼりが冷めたら,こっそりOSUをBフレッツとフレッツ光ネクストで共用するつもりなのかもしれない・・・。

日本全体のために

 21世紀の産業の重要なインフラである,光インターネットが1社に独占されれば,競争活性化の機会を失う。100円程度の光ファイバの接続料金を追加値下げするだけでは,お茶を濁しただけに過ぎない。総務省のNGN関連の裁定は,本来規制すべきNTT東西を擁護しているように見える。NTT東西の考えにとらわれ,まさに“とりこ理論”に当てはまっているのではないだろうか?

 NTT東西のように日本をまさにリードしている巨大企業は,国民にとってベストな方向に向かっていってほしい。

私の提言

1.フレッツ 光ネクストはBフレッツとアクセス設備を共用せよ

2.次に,他事業者にもフレッツ 光ネクストと同じ条件で光ファイバの使用を認め,競争導入を。


筒井 多圭志(つつい たかし)
ソフトバンクBB CS(Chief Scientist)
85年京都大学医学部卒,91年京都大学付属病院医療情報大学院で単位取得中退。帝京大学理工学部情報科学科講師,アーク都市塾助教授,アスキー顧問などを経て,2000年ソフトバンク入社。