「トロン技術者認定試験」が2008年9月28日(日)から,一般向けに開始されます。トロン技術者認定試験は,現在日本における組込み機器向けの基盤ソフトウエア(OS:Operating System)において,約半数程度のシェア(図1)を持つμITRON(マイクロITRON, ITRONはIndustrial TRONの略)やT-Kernel等を中心とした,トロンアーキテクチャを使った組込みシステムに関する知識や技術力,一般的な組込みシステム開発の技術力などを認定するための試験です。

図1●日本国内における組込みOSのシェア
図1●日本国内における組込みOSのシェア
組込みシステムにおけるリアルタイムOSの利用動向に関するアンケート」(2007年度)より

 トロンアーキテクチャに基づいて製造されている組込みシステムは非常に多く,様々な製品で利用されています。近年では,組込みリアルタイム技術者が不足していることから,多くの企業の間では,優秀な技術者の獲得競争が繰り広げられています。

 こうした環境の中で,技術者の力量がどれほどのものなのかということを正確に知ることが,各企業において切実な問題となっています。技術力を正確に知ることは,社内における人員配置を決める際にも不可欠な情報です。またソフトウエアの開発を委託するときや,新しい技術者を採用する際にも必要な情報です。トロン技術者認定試験は,組込みリアルタイム技術者の技術力を知る有効な指標として,今後多くの企業で利用されていくでしょう。

試験の概要

 トロン技術者認定試験は,合格・不合格といった形で何かの資格を授与するものではありません。英語の試験のTOEFLやTOEICのように,決まった満点の中で何点であったかという指標で,定量的に技術力を認定するものです。もちろん,受験者の技術力や知識が向上するたびに,何回でも受験することが可能です。

 試験問題は,様々な分野から出題されます。その範囲は,表1の通りです。試験の結果では,分野ごとの部分点も示されますので,分野別の知識のバランスをチェックすることができます。

表1●トロン技術者認定試験の出題範囲
大領域 内容
組込みリアルタイムの基礎 組込みシステムの特徴,リアルタイムシステムの特徴,タスク管理基礎,タスクスケジューリングの基礎,割込み処理基礎,同期・通信基礎,記憶管理基礎,時間管理基礎,RTOS基礎,ソフトウエアアーキテクチャ基礎,ハードウエアアーキテクチャ基礎,他
組込みソフトウエア開発の基礎 開発環境基礎,組込み開発基礎,プログラミング言語基礎,データ構造とアルゴリズム基礎,デバッグ基礎,ソフトウエア工学基礎,信頼性基礎・テスト・検証手法,他
トロンアーキテクチャの基本概念 「オープン」の概念,ゆるやかな標準化,T-Engine, T-Kernelの意義,サービスコールやエラーコードのネーミングコンベンション,他
ハードウエア分野 T-Engine,μT-Engine,他
RTOS分野(ITRON・T-Kernel・μT-Kernel) トロン仕様の概念,タスクモデル・タスク管理機能,同期・通信機能,時間管理機能,メモリープール管理機能,アドレス管理機能,省電力機能,デバイス管理機能,デバッグサポート機能,標準デバイスドライバ,個別デバイスドライバ,他
ミドルウエア(T-Kernel/Standard Extension,TCP/IP,他) コンピュータネットワークの基礎概念,ファイルの基礎概念,プロセスの基礎概念,T-Kernel/Standard Extension (TKSE)の概略,TKSEプロセスモデル,TKSE同期・通信機能,TKSEファイル管理,TKSEイベント管理,TKSE応用,ITRON TCP/IP API仕様,他
マルチプロセッサ マルチプロセッサ・マルチコア技術の概略,AMP T-Kernel,SMP T-Kernel,他
その他 ソフトウエアライセンス,法令,ビジネスモデル,組込みリアルタイム分野の教育トレーニング,標準化,他

 試験全体の実施時間は90分。得点は全体で100点満点。問題の種類は,組込みリアルタイムシステムの基礎知識を問うことを目的とした第一区分の問題群と,組込みリアルタイムシステムのソフトウエアの開発知識を問うことを目的とした第二区分の問題群から構成されます。

 第一区分の問題群は,20問から構成され,各問題は3点で60点の配点があります。選択肢方式で,基本的な知識を問う問題です。1問あたり2~3分程度で解答することを想定しています。

 第二区分の問題群は,5問から構成され,各問題は8点で40点の配点があります。各問題は5分程度で答えられるもので,主にソフトウエア開発知識を中心に問うものです。例えば,プログラミングの周辺知識,ロジック,計算能力,推理力,考察力,応用能力などを問います。

こんな問題が出される

 試験では具体的にどのような問題が出るのでしょうか? ここでは,トロン技術者認定試験に先立って実施した模擬試験の問題と類似した問題を例に解説します。今回の例題は第一区分の問題を想定しています。

例題1
μITRON仕様やT-Kernel仕様における,メッセージバッファの説明としてふさわしいものを一つ選べ。

  1. メッセージバッファは,利用者にメッセージを表示するためのテキストデータを格納するバッファメモリーである。
  2. メッセージバッファは,タスク間で固定長のメッセージを交換するための同期・通信機構である。
  3. メッセージバッファを用いてメッセージを送信する場合,メッセージバッファ領域の空き領域が足りなくなった場合には,領域が空くまで待ち状態になる。
  4. メッセージバッファはメッセージの受け渡しをメッセージヘッダによるアドレス渡しで行う。

正解(マウスでドラッグして文字を反転させてください)= 3

 メッセージバッファは,μITRON仕様やT-Kernel仕様が共通に備えている同期・通信機構です。それぞれの仕様に応じて,多少機能の違いは見られますが,この問題ではその差異の詳細にまでは踏み込んでいない基本的な問題です。ここでは,T-Kernel仕様書の「4.5.2 メッセージバッファ」の記述を例にして,解説したいと思います。

 まず,メッセージバッファは,以下のように定義されています。

メッセージバッファは,可変長のメッセージを受渡しすることにより,同期と通信を行うためのオブジェクトである。

 この基本的な定義を知っていれば,選択肢の1と2は,間違いであることがわかります。

 仕様書ではメッセージバッファを用いてメッセージを送信する場合の動作として,

メッセージバッファ領域の空き領域が足りなくなった場合,メッセージバッファ領域に十分な空きができるまでメッセージバッファへの送信待ち状態になる。

と定義されています。したがって選択肢3は正解です。

 選択肢4のようなメッセージヘッダによるアドレス渡しは,μITRON仕様やT-Kernel仕様では,「メールボックス」という資源における仕組みです。メッセージバッファでは,メッセージを格納するメッセージバッファ領域があり,そこにメッセージが複製されます。したがって選択肢4は誤りです。

受験に際して

 2008年9月から,どなたでもトロン技術者認定試験を受験できるようになります。図2は,認定試験のウェブページです。受験の詳細情報はここに掲載されます。

図2●トロン技術者認定試験ウェブページ   図2●トロン技術者認定試験ウェブページ
図2●トロン技術者認定試験ウェブページ
左:トップページ,右:試験成績開示用の個人ページ(画面はイメージです)
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 本連載をお読みの組込み技術者の方々が,ぜひこの連載記事で受験対策を行ったうえで,トロン技術者認定試験を受験して,自身の技術力を客観的に示す指針としてご利用いただければ幸いです。また,企業のマネージャの方々には,ご自身の部下,または発注先企業の技術者の技術力の基準として,ぜひこの試験を利用していただきたいと思います。

 例えば,新規で技術者を採用する際において,トロン技術者認定試験が70点以上であることを条件としたり,またトロン技術者認定試験が60点以上の技術者が30名以上いることをソフトウエアの発注条件とする,などに使っていただければ幸いです。


■変更履歴
本文の表1で,T-Kernel/Standard Editionとしていましたが,T-Kernel/Standard Extensionです。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2008/6/20 08:30]