2011年7月に地上アナログテレビ放送の停波により空くVHF帯の周波数には,「MediaFLO」や「ISDB-Tmm(ISDB-T Mobile Multimedia)」などの技術を使った全国向けマルチメディア放送の事業化を目指す複数の陣営が,サービス実現に向けてしのぎを削っている。

 その中で,ISDB-Tmm方式によるモバイル・マルチメディア放送サービスの提供は,フジテレビやNTTドコモなどが設立したマルチメディア放送企画LLCが計画している。今回は,ISDB-Tmm方式を使ったモバイル・マルチメディア放送サービスのイメージについて説明する。

 マルチメディア放送企画LLCは,2008年3月5日からVHF 11chを利用した実電波によるフィールド実験を開始した。また,世界各国で開催されている放送技術に関するイベントなどで,日本の地上デジタル放送方式であるISDB-T方式と併せてISDB-Tmm方式の啓蒙(けいもう)活動を行っている。

ストリーム型とダウンロード型を組み合わせてサービス提供

 ISDB-T方式ファミリーによるサービス研究などを手がける「ISDB-Tマルチメディアフォーラム」の幹事長であるフジテレビ デジタル技術推進室 部長の岡村智之氏は,5月14日に行われたワイヤレス・テクノロジー・パーク2008「放送技術と通信技術の連携フォーラム」で講演を行い,「ISDB-Tmmが目指す世界」について語った。ISDB-Tマルチメディアフォーラムは,マルチメディア放送企画LLCや放送局,通信事業者,メーカー,商社など80社が会員となっている組織である。

 ISDB-Tmmサービスでは,ワンセグ同様のリアルタイム型視聴サービス「ストリーム型放送」に加え,時間軸の概念を切り離したファイル・ダウンロード型視聴サービス「プッシュキャスト」の2タイプのサービスを提供できる点が特徴である。

 プッシュキャストとは,放送波を利用したダウンロード配信サービスのこと。ニュース・クリップやミュージック・ビデオ,ドラマ,電子新聞など,大容量のコンテンツを自動的に受信機にダウンロードし,受信機内の記憶装置に蓄積する仕組みである。

図1●ISDB-T方式ファミリーのセグメント構成
図1●ISDB-T方式ファミリーのセグメント構成
ISDB-Tmmは,14.5MHz帯域の中でセグメントを自由に組み合わせてサービスできる。
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 ワンセグは,地上デジタルテレビ放送の1チャンネル分の帯域(6MHz幅の帯域)を13のセグメントに分割し,この内の1セグメント(429KHz幅)を利用してサービスが提供されている。一方,ISDB-Tmmは,ISDB-Tと同じ429KHz幅のセグメントを自由に組み合せ,最大14.5MHz幅の帯域を使ってサービスを提供することができる(図1)。そのためISDB-Tmmでは,例えば6MHz帯域をプッシュキャストに割り当てることも可能なため,大容量のコンテンツの高速ダウンロードも実現できる。

 このプッシュキャストにより,利用者は,好きな時間に好きな場所で,端末に蓄積されたコンテンツを楽しめるようになる。「コンテンツは長期間蓄積するのではなく,2~3日中に見てもらえるように提供することがキーポイントとなる。また,ユーザビリティの観点から“チャンネル・ナビゲーション・サービス”が重要になる」(岡村氏)と説明した。

図2●ISDB-Tmmサービス・イメージ
図2●ISDB-Tmmサービス・イメージ
黄色で図示したリアルタイム視聴と,緑色で図示したプッシュキャストを組み合わせてサービスを構築。
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 実際のサービスとしては,ユーザーの生活時間に沿って高機能なサービスを提供することを想定している。例えば「朝はニュースや音楽を提供し,通勤中は後で聴く音楽チャンネルをダウンロード。お昼休み時間はニュースをチェックし,勤務中には夕食の料理のレシピやお店情報をダウンロードして蓄積する」(岡村氏)という複合化した利用イメージである(図2)。また,「ゴールデンタイムには,見逃したドラマを視聴したり,ドラマの原作本の電子ブックをダウンロードするような用途のほか,家庭での“セカンドテレビ”としての利用も考えられる」(岡村氏)。

 そして,地上デジタル放送,ワンセグ放送とISDB-Tmmが連携することで,「より大きな放送・通信連携サービスやリッチな連携サービスが可能になる」と岡村氏は説明した。 この他,ISDB-Tマルチメディアフォーラムでは,様々なサービスモデルの検討を行っているという(表1)。

表1●「ISDB-Tマルチメディアフォーラムで検討しているサービス事例」
5月14日に行われた「放送技術と通信技術の連携フォーラム」の講演で配布された資料を基に筆者が作成
項目 サービス事例 概 要
1 プッシュキャスト機能とリアルタイム放送の連動サービス ・Newsクリップ,ドラマの再放送,音楽番組や番組予告などの映像コンテンツを放送波でダウンロード配信
2 リッチ型Webマガジンのプッシュキャスト ・動画を含むWebマガジンを放送波でダウンロード配信
3 リアルタイム放送とプッシュキャスト連動サービス ・例えば,音楽番組放送中に出演アーティストのプロモーションビデオを放送波でダウンロード配信
・ワンセグ番組との連携も想定
4 番組連動携帯アプリのプッシュキャスト ・クイズ番組や教育番組など番組と連携した携帯アプリ(BREW,Javaアプリなど)を放送波でダウンロード配信
5 映画/コンサートのプロモーションチャンネル ・映画予告やアーティストのプロモーション・ビデオをリアルタイム放送で紹介する番組
6 マルチメディア放送の通信連動サービス
(MM放送⇒通信)
・マルチメディア放送の番組からコミュニティ・サイトやおサイフ機能,GPS機能などとの連動など,放送をきっかけとした通信との連携サービス
7 マルチメディア放送の通信連動サービス
(通信⇒MM放送)
・携帯メニューや携帯のWebサイトからマルチメディア放送の番組への誘導など,通信コンテンツをきっかけとした連携サービス
8 通販番組 生放送&その場で注文 ・通販番組と連動した決済データ放送サービス
9 通販番組 自動ダウンロード ・通販番組のダウンロード配信
10 通販番組 総合プロモーションチャンネル ・通販番組の総合プロモーションチャンネル
11 ワンセグとの連携によるサービス ・例えば,延長されたスポーツ番組の続きをマルチメディア放送で視聴するなど,ワンセグ番組との連携
12 ユビキタス・マルチメディア新聞 ・電子新聞のダウンロード配信
*1: プッシュキャストは,ISDB-Tマルチメディアフォーラムがサービス予定の放送波を利用したダウンロード型放送サービスのサービス名称

放送方式のベース技術を一つにできることがメリット

 これまで議論が進められてきた総務省の「携帯端末向けマルチメディア放送サービス等の在り方に関する懇談会」では,報告案がまとまり5月23日からパブリックコメント募集を開始した(発表資料)。現在,MediaFLOやISDB-Tmmなど複数の技術方式が提案されているが,最終的な国内規格の策定は,情報通信審議会での議論へ移る。

 今後策定されることになるマルチメディア放送の国内規格について岡村氏は,「放送方式は一つ。メディア横断的な技術で,かつ一つの端末で全てのサービスが受け入れられること。つまり,マルチメディア放送以外にワンセグやデジタルラジオも受信できる事がマルチメディア放送発展のキーポイント」と考えを示した。

 ISDB-Tmmは伝送レイヤーや変調方式がISDB-Tと同じため,ISDB-Tのほとんどのコンポーネントを共通利用することができる。「サービス提供が確定されれば,端末の先行発売も可能」(岡村氏)と説明した。

 全国放送を行うための送信インフラについて岡村氏は,「ISTB-Tmmであればワンセグと共存したインフラを作ることができ,かなりのコストダウンができる。コストアップになるインフラを導入することは,ユーザーのメリットにはならないと我々は考えている」とISTB-Tmmのメリットを強調した。

 ISDB-Tmmサービスの開始時期について,岡村氏は「今後の進展具合により確定ではないが」と前置きしたうえで,「2012年初頭が最短のターゲットになるだろう」と語った。