「正確な数字は公表できないが、数年前と比べ、うつ病など心の病で治療を受ける社員は減る傾向にはない。むしろ増えている」――。

 多くのITベンダーの人事担当者が、こう打ち明ける。大手ユーザー企業の情報システム部長も、「社員、非社員を問わず、IT部門内で心の病になる人が目立ち始めた。当社だけに偏った状況なのだろうか」と不安を隠さない。

 厚生労働省が3年おきに実施する患者調査の概況によると、うつ病などの精神疾患の患者推定数は2005年度に全国で約76万人。8番目に多い疾病となった。さらに、同省が07年5月に発表した資料によると、精神障害による労働災害の申請数が06年は800件を超過。そのうち最も多い24%を占めるのが、SEや専門技術者といった専門技術職である(図1)。

図1●精神障害などによる労災請求状況と2006年度の職種別割合
図1●精神障害などによる労災請求状況と2006年度の職種別割合
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公私の境界線が消えている

 ユーザー、ベンダーを問わず、システム開発・運用の現場で、心の病を患う人が増え続けている。SEなど技術者が置かれる職場環境において、種々のプレッシャーが強まっていることが、主な要因だ(図2)。システム構築期間はより短くなり、かつプロジェクトの進捗管理も厳しくなっている。ITの社会インフラ化が進む過程で、システムには24時間稼働が求められ、サービス提供の現場では、公私の別が不明確になっていく。

図2●IT技術者が置かれている環境は厳しく、心の病を発症しやすくしている症状は複雑になっており、簡単に見極めにくくなってきた
図2●IT技術者が置かれている環境は厳しく、心の病を発症しやすくしている
症状は複雑になっており、簡単に見極めにくくなってきた
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 実際、今回の取材中にも、こんな出来事があった。大手メーカーの情報システム子会社に勤務するA氏(39歳)に、業務終了後に話を聞いていたときのことだ。夜11時を過ぎたころに、A氏の携帯電話が鳴った。相手は、つい2カ月前まで常駐していた親会社のシステム担当者。11時から集計に入るはずだった会計システムの一部がダウンし、復旧できないでいるという。

 本来なら業務を引き継いだ次の担当者が対応すべき内容だ。だが、担当者の携帯電話はつながらず、その上司とも連絡が取れず、A氏に連絡してきたのだった。窮状を見過ごせなかったA氏は、独断ながら現場に駆けつけた。システムは深夜2時過ぎに、ようやく復旧した。こんな状況が日常化してしまうと、技術者がうつ病などを発症する危険性は否めない。