米Appleの開発者会議で発表された第2世代のiPhone「iPhone 3G」。その売り文句は「2倍速くなって,価格は半分」。3G(第3世代)携帯電話ネットワークに対応し,容量8Gバイトのモデルはこれまでの399ドルから200ドル下げ,199ドルとした。米国消費者が端末購入の際に躊躇(ちゅうちょ)するといわれる200ドルの価格ラインを下回った。同時にAppleは,この新iPhoneを日本を含む世界22カ国で7月11日に発売すると発表。価格/発売時期/世界展開と,3つのサプライズを提供した(関連記事:【WWDC】199ドルの「3G iPhone」,日本でも7月11日に発売へ)。

iPhone 3G   写真●Appleが6月9日に発表した「iPhone 3G」

 GPSを搭載し,Exchange ServerやVPNへの対応といった新機能も盛り込んだ第2世代iPhone。「Appleが世界の携帯市場に本格進出する」――。こんな文句とともに海外メディアも大きく取り上げ,盛り上がりを見せている。だが発表から数日が過ぎ,このApple新戦略に落胆の声が聞かれるようになった。iPhoneの普及加速に向けてAppleが方針転換したからだ。

「半額」には理由があった

 iPhoneの発表と同じ米国時間6月9日,米国でiPhoneの独占販売権を持つAT&Tは,Appleと新たな契約を結んだと発表した。これまで顧客から得る通信料収入をAppleに分配していた「レベニュー・シェア」を撤廃するという。

 新たな契約では,レベニュー・シェアの代わりにiPhoneの端末が1台売れるごとにAT&TがAppleに一定の金額を支払う「補助金」を導入する。これは,通信キャリアと端末メーカーが結ぶ“伝統的な”契約方法。New York Timesの記事によれば,その一般的な金額は端末1台あたり200~300ドル。これにより,iPhoneの大幅値下げが可能になったのだ。Appleは値下げの理由を,新たな収益モデルが確立したからと説明していたが,真の理由はこの新契約にあったようだ。

 これに伴いAT&Tは,新型iPhoneのデータ通信料を従来の月額20ドルから30ドルに値上げする(関連記事:【WWDC】AppleとAT&Tによる「通信料収入の分配」が終了,AT&Tの無制限データ通信は月額30ドルに)。これでAT&TはAppleに支払う補助金の費用を埋め合わせるのだ。AT&TのiPhone料金プランの契約期間は2年間。したがって月額10ドルの差は2年で240ドルとなり,Appleに支払う費用がまかなえるというわけだ。

「前進ではなく,後退」

 しかし消費者にとっては200ドルの値下げどころか,実際には2年間で40ドルの値上げになる。もし2年以上同じiPhoneを持ち続ければ差額はさらに増える。この金額は3GサービスやGPS機能などiPhoneに新たに備わった機能の対価と見ることもできるが,これに異議を唱える人も少なくない。事実上の値上げを消費者に適切な方法で伝えず,それを値下げと称して宣伝しているところに問題があるというのだ。

 New York Timesの記事では,「消費者の選択肢を広げるためのオープンな市場への方向性とはかけ離れたもの」と指摘する。消費者が好みの端末を一括購入し,それを自分で所有/管理する。その上で,利用する通信キャリアも自由に選べるようにする。これが,今,米国をはじめとする世界の携帯電話市場が進もうとしている方向。両社の契約はそれに逆行することになるという(関連記事:オープン化に向けて急変する米携帯市場,カギを握るGoogleとVerizonの戦略)。

 「(AppleとAT&Tの契約は)消費者を伝統的なモデルに引き戻すことになる。これはAppleが言う革新や前進とはかけ離れたもの。過去の時代への後退だ」。記事はこんなアナリストの意見を載せている(New York Timesの記事

キャリアとの協調路線打ち出す

 「我々はiPhoneで携帯電話を再定義する」---。初代iPhone発表の際,Steve Jobs CEOは基調講演の壇上でこう豪語し,携帯電話業界に挑戦状を突きつけた。製品の開発,販売についてもあくまでAppleが主導権を握るというのが同社のスタイル。今回の契約は,そうしたAppleのこれまでの姿勢とは大きく異なるものだ。

 今後iPhoneは同社のオンラインストアでは販売しない。米国に1800カ所あるAT&Tの店舗とAppleの直営店でのみで販売する(つまりユーザーは自分のパソコンでiPhoneをアクティベートしない)。これは,携帯キャリアとの協調路線をとり,ビジネスモデルや販売方式まで大きく変えてしまったことを意味する。年内に世界70カ国でiPhone 3Gを発売するという計画を実現するため,キャリアに受け入れられやすいビジネスモデルを示す必要があったのかもしれない。

 しかしこれが人々を落胆させているのだ。Appleには革新的で独創的という企業イメージがある。夢のある製品を投入し市場に変革をもたらす。そのためには既存プレーヤとも真っ向から勝負する。そんな信念に満ちたAppleの姿が見えなくなってしまった。「他社製品と同じ“普通の携帯電話”になってしまった」。そんな声が多く聞かれる。