総務省は2008年5月30日に,2011年以降のBSデジタル放送の委託放送業務認定に関する基本的方針案を発表し,6月30日までの期限で意見募集(パブリックコメント)を行っている。意見募集の対象になっている基本的方針案は,BSアナログ放送が2011年7月24日に終了した後に空く3本のトランスポンダ(電波中継器)と,新たにBSデジタル放送で使用する4本のトラポンを,どのような基準で事業者に割り当てるかの基本線を示したものである。今回はこの基本的方針案に沿って,2011年7月以降の東経110度衛星放送(BSデジタル放送と東経110度CS放送)の将来を占ってみた。


 地上デジタル放送と同じ2011年7月に,BSアナログ放送(BS第5チャンネルのWOWOWと,第7チャンネルのNHK・BS-1,第11チャンネルのNHK・BS-2)も終了することが規定路線になっているのはご存知のことと思う。このうちWOWOWは今年5月に,アナログ放送の直接受信による新規加入申し込みの受け付けを終了させた。同社の加入者全体に対するデジタル加入者の比率は60%を超えており,BSデジタル放送を受信可能な世帯が順調に増えていることがその要因である。


有料放送だからこそ画質の良さが大切

 NHKのBSデジタル放送の契約者も,2008年中にも1000万世帯を突破する勢いだ。2007年度末のBSアナログ放送の契約世帯は1342万件あまり。NHKも契約者のデジタル移行が,想定を超える勢いで進んでいると感じられる。一方、民放キー局系BSデジタル放送事業者は開局から7年半あまりが経過したが,累積損失を一掃するような勢いはみられない。開局当時に想定された「文化性が多様であり、所得レベルと学歴が高め」という視聴者像が,地上波放送の視聴者層と差異化できる数ではないことが見えてきた感も否めない。

 もちろん,デジタルケーブルテレビ(CATV)の加入者が急増している現在,広告ビジネスのチャンスは広がってきているし,ブレイキングニュースや自社で制作・販売している邦画などの映像ソフトをマルチ展開するといった豊かな映像文化を開拓する役割もある。それに加えて薄型テレビを所有する家庭に,パソコンを中心としたデジタル機器が浸透してきている。

 一方、HDTV(ハイビジョン)画質を訴求するBSデジタル放送の視聴者が増えるにつれて,スカイパーフェクト・コミュニケーションズの東経110度CS放送「e2 by スカパー!」の画質の悪さが目立ってきている。この状況下で今春には「フジテレビCS HD」や「LaLa TV」,「ムービープラスHD」といったHDTV放送の有料チャンネルも増加し、有料放送だからこそ画質が良いことの大切さを改めて痛感させられる。


キーワードは有料・HDTV・BS/CSの一体運用

 現在,SDTV(標準画質テレビ)画質の有料チャンネルは50を超える規模である。東経110度CS放送の周波数資源は右偏波のトラポン12本であり,BS放送は8本である。BS放送ではこのうち3本のトラポンで,アナログ放送が終了する。このほかに,新たにBS放送で使用できるトラポンが4本存在する。筆者は現在,これらのトラポンの利用を希望する事業者として,WOWOWや放送大学,商社あるいは既存のメスメディア資本などの新規参入組を想定している。

 また,地上デジタル放送のセーフティーネット対策として,BS第17チャンネルが期間限定で使用される予定だ(民放キー局とNHK東京の合計7チャンネルをSDTV画質で再送信する。事業主体は未定)。動画像データの符号化方式に「MPEG-2」を使うと,この第17チャンネルを除く6本のトラポンで18チャンネル程度の割り当てが可能である。

 今回の基本的方針案では,BSデジタル放送と東経110度衛星放送を「東経110度衛星放送」として一体運営し,東経110度CS放送でSDTV放送を行っている委託放送事業者のHDTV化の申請も受け入れるとなっている。東経110度CS放送の12本のトラポンをすべてHDTV放送で使うと,36チャンネル程度の収容が可能だ。無料のテレビショッピングチャンネルや番組制作力が弱いチャンネルを排除すると,e2 by スカパー!の既存事業者がほぼHDTV化できるイメージも出てくる。

 しかし2011年7月以降は,通信・放送融合時代をにらんだ「情報通信法」という新たな法制度の施行が予想され,デジタル技術の進展に素早く適応することが放送事業者にも求められる。今回の総務省の基本的方針案も,放送事業者のソフトパワーの強化や国民の番組受益の多様化,メーカーの技術力の底上げにつながる使命を持っている。また,収録システムや受像機の開発が始まったスーパーハイビジョン(SHV)放送の実用化実験へのトラポンの割り当ても排除されていない。こうした放送技術の開発をNHKなどが中心になって行い世界標準を追求するようなスキームを,もっと総務省も真剣に取り上げてほしい。

 一方、民放キー局系BSデジタル放送事業者が既存のCS放送事業者に提供しているソフトを統合して有料化する道もある。このように今回の基本方針案を読むと,視聴者のライフスタイルの変化に適応した新規性のある東経110度衛星放送の姿が,おぼろげながら見えてくる。


佐藤 和俊(さとう かずとし)
茨城大学人文学部卒。シンクタンクや衛星放送会社,大手玩具メーカーを経て,放送アナリストとして独立。現在,投資銀行のアドバイザーや放送・通信事業者のコンサルティングを手がける。各種機材の使用体験レポートや評論執筆も多い。