現場からの要請で始まるシステム化では,「業務改善」はできても「業務改革」はできない。実際に業務を行っている人が,その業務をなくしたり担当者を削減するような解決策を考えることはないからだ。情報システムの中には,「業務改革」につながる「種」が無数に隠れている。しかしそれが成長するためには,経営方針との合致が必要だ。だからこそ,情報システム部門は,経営陣が何を考えているか,会社がどの方向を向いているかについて,常に見据えておかねばならない。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 「この先,生き残るためにどうしたらよいかを考えているのに,こんな現状を踏襲しただけの情報システムを作ってどうするのか。ここには戦略は何もない。こんなのはぬるま湯のシステムだ」。出荷・配送システムの最終計画承認のために社長室で開かれた会議で,社長が声を荒げた。

 精密機器販売業のH社では,業務の根幹をなす出荷・配送システムの再構築の検討を始めてから3カ月がたった。営業所や代理店を通じて販売を行うH社では,関東近郊に配置した複数の倉庫の在庫引当とその効率的な配送が課題であった。

 というのは,これまでは在庫引当がうまくいかないことが少なくなかったからだ。そのたびに手作業で商品を引き当てて,通常の配送便に乗らないものは個別対応で納期に間に合わせるというのが常だった。これでは配送コストがかさむだけでなく,いつも綱渡り的な在庫引当を行わなければならない。出荷担当部署の責任者は情報システム部門に相談した上で,出荷・配送システムを抜本的に再構築する稟議書を作成した。

 再構築にあたっては各倉庫の担当者にヒヤリングを行い,現状の問題点を抽出していった。その結果,問題点は二つに集約できることが明らかになった。システム在庫と実在庫との食い違いと,入庫データの遅延からくる出荷・配送システムの精度低下である。

 さらに調べてみると,この二つの問題の原因になっているのが,有力代理店向けの在庫取り置きにあることがわかった。代理店向けの配送は月ごとに販売枠を決められており,それによって在庫も振り分けられている。ところが有力な代理店向けには営業部門があらかじめ余裕をみた在庫を引き当てておくという慣習ができていたのだ。

 営業部門からすれば,有力代理店に対して在庫引当ができないような事態になれば,翌月からの販売量に影響する。それでこのやり方をずっと継続してきた。つまり商品自体はあるのに,すでに引当済みでほかには回せないという事態になっていたのだ。

 これとは別に,システム的に引当ができない,あるいは出荷締め切り時刻以降に緊急で出荷しなくてはならない場合は,手作業で処理しておき,後からまとめて入力をしていた。これでは入力ミスや入力忘れが発生し,システム在庫と実在庫に食い違いが生じる。

 そこで出荷担当部署の責任者は,新システムの構築にあたって,新しい業務プロセスに以下の4点を盛り込むことにした。(1)在庫の捉え方を実在庫,出荷可能在庫,販売在庫に分け,出荷担当者は常に出荷可能在庫を確認する。(2)販売枠を超える数量を販売する場合には,担当販売部署のマネジャの承認を得て販売企画部に申請して販売枠を増やしてもらう。(3)出荷前日に入庫確認をした上で,予定を必ず入力することによって出荷可能在庫数の精度を上げる。(4)緊急用の在庫を出荷担当部署がある程度確保し,予定外の引当に臨機応変に対応できるようにする。

 こうした新しい業務プロセスの導入は出荷担当部署だけではできない。特に有力代理店への配送分をあらかじめ押さえていた営業部が相当抵抗した。しかし全体の出荷・配送の効率化の追及と,緊急用の在庫を持つということでなんとか納得してもらい,システム化の要件としてまとめることができた。

 出荷担当部署から要件を聞いた情報システム部門は,どこの倉庫で在庫が不足しそうかというデータを毎日作成できる分析ツールの追加導入を決めた。この分析ツールを使えば,出荷担当部署が不足の発生しそうな倉庫に対して在庫補充の指示を逐次できる。さらに配車システムにも連動して,積載率が最も上がるような配送日程を作成できるようにした。

 出荷担当部署と情報システム部門は,これらの内容をシステム化計画書として詳細にまとめた。システム開発・運用に関する見積もりも作成した上で投資対効果を明記し,いよいよ部門長をはじめとする経営陣へのプレゼンテーションに臨むことになった。ところがその承認会議の席で思いもかけない展開になってしまったのだ。

 経営陣の問題意識は,現在の出荷・配送システムの手直しのようなレベルの話ではなかった。そもそも在庫をどうするかという問題を根本から考え直さねばならないというものであった。つまり在庫量が現状で足りるか足りないかという視点ではなく,在庫そのものに対する考え方をがらりと変えようというのだ。具体的には在庫量を3分の1にする,従来の複数倉庫を1カ所に集中したうえで土地代の安い地方に置くといったものであった。

 出荷担当部署からのシステム化計画を聞いた経営陣は,「今日の仕事が明日も続き,来年も続くと考えているだけでは成長などあり得ない。いずれ販売が落ち込んでくれば在庫コストは利益を圧迫するようになるはずだ。そのときに今の仕事のままで継続できるのか」という問題を投げかけた。

 そして「せっかく出荷・配送システムを再構築しようと考えるのなら,そもそも今のやり方がこれで良いのだろうかという視点がなぜ出てこないのか」という厳しい指摘が相次いだ。おまけに社長からは「これからは会社全体でいかにぜい肉を落とし,厳しい環境変化にも耐え得る企業体質にしていかねばならない。こうしたときに,緊急用の在庫を新たに持つなどという発想はいったいどこから出てくるのか」と叱責を受けてしまった。

 経営陣からは,再度ゼロから計画を練り直すようにという厳命が下った。出荷担当部署の責任者と情報システム部門はもう一度最初から案を練り直すことになった。