前回に引き続き、大阪府の改革について現状報告をしたい。6月6日の朝刊各紙(大阪)は橋下知事が公表した財政再建案を大きく取り上げた。「事業費と人件費で665億円を支出削減。財産売却などで435億円の歳入確保。合計で1100億円を圧縮」という案である。今後は6月下旬に予算案となり、7月議会で議決されると決定となる。したがってまだ「案」でしかない。だが就任後、わずか4カ月でここまで纏めた知事への評価は高い。今回は「1100億円プラン」の意義を改めて考えてみたい。

積み上げ努力型から目標設定型へ

 通常の予算編成では財政当局が各部、各種団体、議員と事前協議を重ね妥協を経た案が首長予算案になる。それが今回ははじめに知事が「1100億円」の目標値を打ち出した。何としても初年度から財政再建への糸口をつけるという強烈な決意表明である。その数字を前提に知事直属のプロジェクトチーム(PT)が素案を作り、各部と協議した。当初のPT案への反発は猛烈だった。「始めに数字ありきはおかしい。行政は弱者を守ることこそが使命だ」と東京の学者やコメンテータも批判した。

 だが、予算編成とは政治そのものである。そして政治とは理想を抱きつつも、誠意を尽くして対話と調整を重ねる作業である。PT案はあくまで案。もともと全部が通るという前提で作成されたわけではない。しかし知事はたたき台としてPT案を尊重。それをもとに市町村長、各部長、議会各会派、さらに各種団体の意見も聞いたうえで案を修正した。府民からの賛否両方のメールなども公表された。今回の数字はそうした民主的プロセスの産物である。透明度が高いと府民の間では納得感が強い。

3つの効果――「止血効果」「目覚まし時計効果」「虫干し効果」

 今回の「1100億円圧縮」の意義はどこにあるのか?私は3つの効果があると見ている。

(1)止血効果--借金自己増殖の悪循環を断つ

 大阪府の財政は借金のために減債基金を取り崩し、その取り崩し原資のために借換債を増発するという典型的な借金の先送り、いわばサラ金地獄に陥っていた。毎年の予算を組むのがやっとで債務は増える一方だった。しかし今回は減債基金の取り崩しと借換債の増発をやめた。それで、まずは借金の自己増殖に歯止めをかけた。当初の計画では2011年度までに2800億円の借換債の増発を見込んでいた。それが、今後は大幅な税の減収がない限り、毎年約1000億円規模の収支改善を継続できればゼロにできる計算だ。今回の措置でその目処がつけば、あとは毎年約3000億円の公債償還をベースに負債を減らしていけばよいことになる。今回の1100億円という数字は5兆円の債務全体に照らせば小さい。景気後退のリスクもある。だがともかく悪循環を断ち切ったと考えればその意味は大きい。

(2)目覚まし時計効果--府民の危機意識を喚起

 財政危機は太田前知事も必死で訴えていた。だが、数字が大き過ぎて府民の問題意識は薄かった。しかし今回の1100億円をめぐる大騒動で多くの府民がとうとう目覚めた。例えば日経ネット関西が4月に配信した記事で最も多く読まれたのは「大阪府財政再建案に市町村反発」(17日配信)だった。PT試案に市町村長が猛反発し、橋下知事が涙ながらに協力を訴えたという内容だった。府民はついに財政危機を認識し始めた。

(3)虫干し効果--既得権益の存在を白日の下に

 今回のPT案は従来からの聖域に正面から切り込んだ。私学補助金、大阪府独自の医療補助、その他障がい者や同和行政関連、医師会・オーケストラなどへの団体補助、警察予算などの一切が棚卸しされた。その後の折衝や知事の判断で復活したもの、削減率が小さくなったものもある。だが全てがいったん白日の下にさらされたことの意味は大きい。既得権益の存在が明らかにされた。問題事業は今後も毎年、削減や廃止のリスクにさらされる。税金はできるだけ有効に使うという意識が働く。例えば補助金をもらう私学の経営者などはもはや北新地で豪遊できなくなるだろう。

見識の高い府議会

 さて知事の案ができたといっても7月議会で予算案が通らなければ改革は失敗だ。これまでの審議を見る限り、議会は財政危機の現状を正しく理解している。しかし議会の仕事はあくまで知事のチェックである(二元代表制)。財政再建は将来世代の借金を減らすため、現役世代は我慢をすべきという知事の主張には多くの府民が賛同する。だが個別の予算を見たときにはどうか。本当に必要なものを削り過ぎていないか、まだ見過ごされている無駄がないか。議会でオープンに討議をしてほしい。

 ちなみに6月6日付の朝日新聞は「抵抗勢力批判、府議会すくむ」という見出しで議会の動きを伝えている。だが「議会イコール抵抗勢力」という従来型のステレオタイプはいかがなものか。大阪府では知事だけでなく議会もよそとは違う。はるかに進化した「ニュータイプ」なのだ。

 府議会の改革意欲は、筆者自身が3年前に実体験した。府議会の調査委員会に招かれ道州制について意見をした。質疑を通じて、会派を問わず、極めて意識のの高い議員さんぞろいで驚いた。府議会の議員の質と見識の高さは超一流である。だからこそ橋下知事の可能性を見出し、推薦したのだろう。また選挙後は会派を問わず知事が投げる球に正面から立ち向かい、それぞれの主張を出されている。大人の議会なのである。各会派はPT案が出るや否や代案を数字できちんと積み上げ文書で出してきた。他の地方議会にはまず見られない光景である。失礼ながら、国会や例の長野県、東京都の議会とはまるで出来が違う。豪腕の知事に、見識の議会。大阪府改革は日本の地方自治、あるいは政治の「ニュータイプ」となりつつある。知事と議会のますますの活躍を期待したい。

* 本稿は筆者の個人的見解であり、府あるいは特別顧問としての公式意見ではない。

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上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。