最近やけに気になるものがある。「10年日記」である。ご存知だろうか。その名の通り10年使える立派な日記帳で,5000円ぐらいする。何種類か市販されているが,最大の特徴は同じ日付の日記を10年分一望できるレイアウトである。例えば,6月10日の日記10年分がすべて同じページ(あるいは見開き)に並ぶ。

 初めて見たのは5~6年前だろうか。親戚の家に泊りがけで遊びに行ったら,そこのお父さん(昭和一桁生まれ,男性)が使っていた。パソコンも嗜み,年賀状印刷もデジタル化していた彼だが,日記だけは黒い帳面に細かい字で丹念に書き付けていた。

 これのどこが面白いのか。「そやな,昨年や一昨年の同じ頃,何してたか分かるやろ?へえ去年はこんなとこ行っとった,孫の誰々が遊びに来たんやな,とか。これが結構ね。まあ,たいしたことはないのんやけど」と控えめに彼は言う。どうやら,続ければ続けるほど面白くなるらしい。ふーん。

 だが元来筆不精で日記と縁がなかった私は,その後「10年日記」のことなどすっかり忘れていた。しかし,最近ミクシィやブログを使う人が増え,私も知り合いの「デジタル日記」を読む場面が急増。それらを読んでいると,やけに「10年日記」を思い出すのだ。

こつこつ書いた育児日記の未来を憂う

 育児の色々をブログやミクシィにつづっている人は本当に多い。中には「よい記録になるだろう」と,記念写真や成長の記録,通院記録などなどを,余さず丹念につけている力作もある。そう。育児日記と言えば,後から読み返したくなるもの,なかなか捨てられないものの代表格だろう。

 ではいつ読み返すのか。仮に子供の成長の節目節目で読みたくなるとして,6年後に小学生,12年後に中学生,~中略~,約20年で社会人。さらに結婚やら出産やらということになれば,「ウン十年」先だ。犬と共に年を取ってきたIT業界からしたら,もうSF的未来である。

 私はデジタルデータの保存性については相当な心配性だ。そんな未来に,果たしてミクシィはサービスを続けているのか?ブログ・サービス事業者は?コンテンツが入っているサーバーは大丈夫か?データセンターは?もう心配でしようがない。私の知る限り,こうしたサービスで「10年先(5年先)まで使えます」と明言している事業者はいないから。

 そこへ行くと「10年日記」は偉い。ただの紙の帳面なので,全国各地の友人に同時に見せるなんて土台無理だし,トラックバックもコメントも検索も仲間探しも無理。もちろん副収入のネタにもならない。だが,ウン十年間保管しようと思えばかなり簡単だ。この一点において,おじいちゃんの「10年日記」はもう圧倒的に「デジタル日記」を凌駕するのである。

 いや本当は勝ち負けの問題ではなく。デジタル技術の恩恵も享受でき,将来も読み返せるような日記メディアが欲しいのだ。しかしそれはどうやら今は無理で,手堅い現実解としては「ブログ製本サービス」あたりだろうか。

 はてなが「はてなダイアリー」のユーザー向けに2004年1月から提供している「はてなダイアリーブック」というのがある。私のような心配性のユーザーはそれなりにいるようで,はてな広報によれば「2008年5月までの利用は2200件。毎年コンスタントに申込数が増えており,現在は1カ月に50件程度」という。ちなみに,日記を製本するのは年に1度というユーザーが多いらしく,毎年1月には100件超の申し込みがあるのだそうだ。

60年後とまでは言わないが…

 話が飛ぶようだが,私の頭には同じ文脈で響いたニュースがある。「大空襲直後の写真が東京都のあるお宅から見つかった」というもので,3月11日にNHKが放送していた。残念ながらこのニュースが載っていたページが既に「消失」してしまったのだが,墨田区のホームページに,この写真を展示しているすみだ郷土文化資料館の記事がある。

 これが今の話だったらどうだろう?みんなカメラ付き携帯電話や小型のデジカメを持っているから,戦時中とは比べものにならないほど,膨大な数の写真があるはずだ。でも,これらが後世ひょんなことから発掘され「平成の暮らしぶりを後世に伝える貴重な写真が…」などと取り沙汰されることが,果たしてあるのか。結局は,印刷されたものしか見られないのではないか。

 ITproの守備範囲では,ASPやSaaSが心配だ。基幹系をお任せしているSaaS事業者は,いつまで「お任せできる」状態でいてくれるのか。フルアウトソーシングで10年契約,20年契約という話はもちろんあるが,ASPやSaaSといった“ありもの系”のサービスではそういう話は聞かない。ただ最近,ASP/SaaSサービスの継続性を担保する動きとして,「ASP・SaaS安全・信頼性に係る情報開示認定制度」が始まっており,少しは安心できる方向に進んでいる。

 世の中を見渡すと,何十年というロングタームの商売をしている会社は結構ある。そこには事業の継続性を担保するための工夫があるはずだ。若い業界と言われて来たIT業界だが,そういうものを貪欲に取り込んで,ウン十年先を堂々と語れるような,企業の基幹を支えられるような存在に成長したいものだ。