前回は,プライバシー・個人情報保護の視点から,米国の「Google Health」を取り上げた。筆者も,自己責任の下に「Google Health」に登録し,実際の使い勝手などを試している。このサービスの特徴は,電子個人健康記録(PHR:Personal Health Records)を,医療機関,専門学会,NPO(非営利組織),民間企業などのサードパーティが提供するWebベースの個人健康サービス(Personal Health Services)と連携させ,複数のWebサービスを融合させたマッシュアップとして利用できる基盤プラットフォームを提供している点にある。

 もちろん,電子個人健康記録をサードパーティの個人健康サービスにリンクさせる画面では,必ず各サードパーティのプライバシーポリシーへのリンクを表示させるなど,細かいプライバシー・個人情報保護対策がWebサービス利用の前提条件となっている。例えば,Cleveland Clinicが提供する「Cleveland Clinic MyConsult」には,レターサイズ4ページに渡るプライバシーポリシーがある。最先端の「コンシューマーIT」を駆使したインタフェース技術に,消費者主導型のコンプライアンス/リスク管理機能をどう組み込んでいくかが,今後の課題であろう。

 さて今回は,電子個人健康記録をめぐる日本の状況を取り上げてみたい。

メタボ予防対策での個人情報保護の柱は外部委託とICT管理

 第87回および第102回で取り上げたように,2008年4月1日より,医療保険者(国民健保,企業健保など)に対し,メタボリックシンドロームの予防にターゲットを当てた特定健康診査・特定保健指導の事業実施が義務付けられた。健康と医療の分野に関わる健診・保健指導データを個人単位で収集・蓄積させていけば,電子個人健康記録と同じような機能を有することになる。

 厚生労働省が公表した「特定健康診査・特定保健指導の円滑な実施に向けた手引き」を見ると,健診・保健指導データがいわゆるセンシティブ情報に該当し,厳格な取扱が求められることが明記されている。また,外部委託管理に関わる部分(アウトソーシング先の委託基準,契約内容,請求・決済方法など)やICT(情報通信技術)利用に関わる部分(健診・保健指導データの受け渡し,保管・活用など)を中心に,個人情報保護対策に関連する注意事項が記述されている。

 様々な法規制/医療保険制度や組織/専門職が個人情報のライフサイクルに関わる点がメタボ予防対策の特徴であり,契約・雇用形態の多様化したスタッフの管理とICT利活用による情報/データの信頼性確保が,プライバシー・個人情報保護対策の要となっている。これは,電子健康記録普及のための共通基盤となる部分でもある。

健診・保健指導情報の二次利用時のセキュリティ対策に注意せよ

 ところで,特定健康診査・特定保健指導は,生活習慣病に起因する医療費の減少を目的としている。メタボ予防対策の費用対効果を分析するためには,健診・保健指導データと費用データのひも付けが必要になる。

 国・地方自治体や健康保険組合の観点から見ると,レセプトデータなど公的医療保険制度に関連するマクロの費用データが重要である。一方,一般消費者/家計の観点から見ると,健診・保健指導機関に直接支払った費用,健診・保健指導機関までの移動交通費,栄養指導に基づいて採った食事や保健機能食品の食費など,様々な費用データが分析の対象になる。さらに,経済やICTの専門家から見ると,クレジットカードや電子マネーを介した健康医療関係の支出がもたらす経済インパクトなども知りたいところだろう。このように,分析の視点が変わると費用データの対象範囲も変わっていくのが,医療経済学の特徴である。

 実際の経済分析では,レセプトデータなどの決済情報を費用データのソースにするケースが多い。だが,センシティブな健診・保健指導情報に決済情報がひも付けされると,費用対効果分析の精度が上がる反面,情報漏えい発生時のリスクも大きくなる。費用データの対象範囲をどう設定するか,そして費用データとひも付けされた個人情報をどう保護していくかは,個人情報の第三者提供にも関わる重要課題である。ICTの観点からは,データウエアハウスやビジネスインテリジェンスの情報セキュリティ対策にも関わってくる。

 次回は,5月30日に国会で可決成立した改正迷惑メール法について考えてみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/