NTTが人体表面を伝送路に利用する技術「レッドタクトン」を実用化した。当面の用途は,認証用ICカードの通信手段。カードを身に付けていれば受信機を取り付けたドアノブなどに手を触れるだけ認証できる。この技術を使った通信装置「Firmo」の評価キットをNTTエレクトロニクスが6月末から出荷する。

 レッドタクトンは,人体の表面などを伝送路に利用する通信技術である。(1)約230kビット/秒の一方向通信と,(2)約10Mビット/秒の双方向通信の2種類がある。(1)はICカードの通信手段の代替に使う。(2)はLANとしての利用を念頭に置いたもので,受信側に高感度の光センサーを使って高速化する。今回製品化したのは(1)の方だ。

 具体的な利用シーンは次のようになる(写真1)。カード状の送信機は上着のポケットに入れたり,ストラップで首から下げたりするだけでよい。その状態のままで受信機を内蔵したドアノブに手を触れると,認証IDを載せた信号が人体表面を伝わって受信機に送られる。

写真1●人体表面通信を使った認証のデモ
写真1●人体表面通信を使った認証のデモ
2008年5月14~16日に開催された情報セキュリティEXPOでのデモの様子。ストラップで首からつり下げた送信機から5バイトの認証IDを送信し,キャビネットの取っ手で受信して解錠する。

人体表面に誘起される電界を利用

 レッドタクトンの大きな特徴は伝送路の材質を問わないこと。ガラスや木材,ゴムやプラスチックなど,誘電体の性質を持つ一般的な材質を通して通信できる。通常の電気通信のように電流を使うのではなく,人体表面に誘起される電界で信号を伝えることで実現している(図1)。

図1●人体表面通信のしくみ
図1●人体表面通信のしくみ
送信機が誘起する電界を変化させることで信号を送信する。受信機は,電界の変化を検知して信号を読み取る。高効率の電界誘起技術と高感度の電界検知技術で実現を可能にした。

 実用化できたポイントは,安定した電界を効率良く発生させる技術を開発したことである。

 送信機が誘起した電界の大半は送信機側に戻ったり,足下からアースに戻ったりして,受信機側に伝わるのはごくわずかとなってしまう。さらに,アースと送信機の間に発生する容量(浮遊容量)が常に変化するため,電界強度が安定しない。この結果,受信機が受ける電界が弱く不安定になり,信号を読み取ることが難しかった。

 そこでNTTは,送信機側と受信機側で工夫を施した。例えば,送信機側では,浮遊容量の値を常に測定して回路のパラメータ(リアクタンス)を調整することで,同じ電力で誘起電界が最大になるようにした。受信機側では,微弱な電界でも正確に読み取れる回路を開発した。