NTT持ち株会社は,今後5年間のグループの戦略を示す新たな中期経営戦略を公表した。グループ内の連携を一層強化し,NGN(次世代ネットワーク)をはじめとする次世代インフラをサービスの基盤とする。地域IP網も2012年度末までにNGNに置き換える。並行して,収益の柱をIP系とソリューション系にシフトする。

 NTT(持ち株会社)が,今後5年間で推進する新経営戦略「サービス創造グループを目指して」を公表した。核となるのは,グループ連携のさらなる強化である。固定通信と移動通信のサービス融合を進め,ユーザーが利用する端末や場所に関係なく映像配信サービスなどを提供できるようにする。

グループ連携を踏襲しサービス融合

 具体的には,NGNを使った高品質映像のテレビ会議に,外出先から携帯電話機で参加する,といったサービスを想定している。こうしたグループ会社の連携で実現する「融合サービス」を2011年度から徐々に投入し,2012年度に本格的に展開する。

 グループ連携を重視するという路線は,既存の中期経営戦略を踏襲したもの。その上で今回は,光サービスの展開計画や売り上げ構成の改革目標について,より踏み込んだ年限や数値を書き込んだ(表1)。

表1●新たな経営戦略と従来の戦略の比較
商用化までを計画していたNGNへの完全移行時期を明確にし,固定電話網についても今後取りうる選択肢を明記した。
テーマ 「中期経営戦略の推進」
(2005年11月)
「サービス創造グループを目指して」
(2008年5月)
【変更点】
光サービスの推進 2010年度までに3000万回線を提供 2010年度までに2000万回線を提供,2011年度に光サービスの単年度黒字化 目標を下方修正し,収益性の展望を提示
NGNの推進 2007年度下期にNGNを商用化 2012年度末までに地域IP網をNGNに完全移行 IP網の統合時期を明記
固定電話網の扱い 固定電話網とNGNを併用するコストについて2010年度末までに結論 (1)加入電話交換機の利用可能期間,(2)メタル回線をNGN網に収容する方式と,FTTH回線ですべて巻き取る方式の経済性比較,(3)固定電話に対する制度動向を踏まえて2010年度に展望を公表 固定電話網を基本的にIP化する方針を明示
固定通信と移動通信の融合 無線LANとFOMAの一体端末による個人向けワンフォンサービスの提供,NGNとWiMAXの連携サービスの開発 2010年度までに固定・移動双方をフルIP化してサービス融合の基盤を確立,2012年度までにグループ内のサービスを融合を本格展開 ネットワーク一体化ではなくサービスの融合を進める方針
財務目標 2010年度に(1)連結利益1兆2000億円,(2)固定通信事業のコスト8000億円削減,(3)通信料以外のビジネスで5000億円の増収,(4)固定通信の設備投資累計5兆円 2012年度に(1)連結営業利益1兆3000億円,(2)設備投資の対売上高比率を15%まで削減,(3)連結売上高に占めるIP系,ソリューション系事業の割合を75%まで引き上げる 金額目標は連結利益だけを提示

 NGNについては,2012年度末までに固定系の既存IP網をすべてNGNに移行する計画を明らかにした。現在,並行運用している地域IP網はNGNに置き換える。2012年度時点では,IP系とソリューション系事業の連結売上高を全体の四分の三まで引き上げる。

 同社の三浦惺代表取締役社長は,このタイミングで計画を改めた背景について「次世代インフラの展開にめどがついた。グループ全体の経営課題は,そのインフラを使ってユーザーに支持してもらえるサービスを提供することに移ってきた」と説明する(写真1)。

新中期計画を説明するNTT(持ち株会社)の三浦惺代表取締役社長
写真1●新中期計画を説明するNTT(持ち株会社)の三浦惺代表取締役社長
[撮影:中島 正之]

「固定と移動の融合」が復活

 新たな中期経営戦略のポイントは三つある。(1)固定・移動の連携をはじめとするグループ内のサービス融合,(2)光サービスの黒字化とNGNへの完全移行,(3)グループ全体としての収益の柱をIP系とソリューション系に移行すること--である(図1)。

図1●NTTグループの新・中期経営戦略の概要
図1●NTTグループの新・中期経営戦略の概要
2010年度までを想定した既存戦略の軌道修正と,2012年度までの新たな2年間の経営目標を示した。「固定・移動サービスの融合」「光サービスの推進」「事業構造の改革」の3点に大別できる。
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 「固定通信と移動通信のサービス融合」は,以前の中期経営戦略では「NGN実用化」の陰に隠れて,これまでほとんど手を付けてこなかった。それが今回の計画で再浮上した。

 その理由は,2010年度に固定網と移動網の双方がフルIPベースのネットワーク基盤となるからだ。NTT東西がNGNを日本全国に整備するタイミングで,NTTドコモもコア網をIPで運用するSuper3G/LTE(long term evolution)を商用化する予定である。これを機に2011年度からは,固定か移動かを意識せずに使える様々なサービスを提供していく。

 光サービス事業については,2011年度の単年度黒字化と,2012年度末までに地域IP網からNGNへの完全移行という,二つの目標を新たに設定した。

 NGNが全国に整備される2010年度からは,ユーザーからの申し込みによらず,地域IP網のユーザーを段階的にNGNに収容替えしていく。NGNにIP系設備を一本化し,利用効率を高めることで運用コストを削減する。これにより光サービス事業の単年度黒字化を実現する計画だ。

 ただしこの計画を実行に移すには,地域IP網を使っている既存ユーザーの使い勝手を変えずに,NGNに移行できるようにする必要がある。例えば,NGN接続メニューを持っていないインターネット接続事業者(ISP)のユーザーに,「地域IP網を止めるのでNGNに切り替えて欲しい」と収容替えを強要できない。このためNTTでは,NGNへの円滑な移行に向けて,手続き方法を含めてISP各社と協議を行う。

 一方,企業向けサービスにおいては,NGNと地域IP網のそれぞれのVPNサービスの間で,相互に通信できないことが問題になる。ある企業ユーザーは「NGNユーザーと地域IP網ユーザーが混在できるVPNサービスがないため,地域別にNGNへ移行できない」と指摘する。NGNと地域IP網を一体化したVPNサービスがなければ,NGNへの移行を拒む企業ユーザーも出てくるだろう。

「現体制を変更しない」のが前提

 2012年度時点でIP系,ソリューション系の連結売上高を全体の四分の三まで引き上げるという目標は,個々のグループ企業に課すのではなく,グループ全体の連結で達成するとしている。「融合サービスでは,収益をどの会社で計上したかは関係なくなる」(三浦社長)と言うのがその理由だ。

 だが,こうした目標設定の方法に対して競合事業者からは「2010年に始まる予定のNTTの組織体制の議論をかわすための戦術ではないか」と勘ぐる声も聞かれる。現行体制を前提にしたグループ全体の事業目標を2012年度まで設定することで,組織体制の見直し議論を先送りしようとしている,という見方だ。

 仮に,グループの連携がそうした内向きの発想に基づくものであれば,ユーザーにとって魅力的なサービスを提供することは二の次になりかねない。既存サービスと差が無く販売活動も最小限に抑えられている現状のNGNサービスを見れば,そうした期待外れもある得る。そうなれば,それこそ持ち株会社主導のグループ経営の体制に疑問符が付く。