ここ2~3年、「見える化」に関連した本が数多く出版されている。もともとはトヨタの生産方式から来ている言葉で、業務の状態や問題点が一目で見えるようにするための取り組みだ。現在は製造現場だけにとどまらず広く導入されている。自治体でもこの「見える化」が少しずつ取り入れられ始めている。今回は自治体の情報政策担当者向けに、実例を交えてお話をしてみたい。

まずはIT資産の見える化を――全体最適化の第一歩はここから始まる

 もう5年も前のことになるが、私が佐賀市の市長をしていたときに、現在、佐賀県庁の情報政策監をしている廉宗淳氏に佐賀市役所の全てのシステムを洗い出してもらったことがある。

 結果は驚きで、各部局のシステムのために当時60台程度のサーバーを導入していたが、利用率が低いので、少なくとも半分の台数で十分であるという監査結果であった。

 また、恥ずかしながら、彼のコンサルティングを受けるまでは、佐賀市役所全体でどのようなシステムが導入されているのか、また市役所全体でIT関係にいくらお金を使っているのか、私だけでなく情報政策担当職員も予算担当職員も誰一人として知らなかったのである。

 こんな状態では、「全体最適化を進めよう」などとカッコつけても、「全体」を知らないのだから、最適化などできるわけがないと恥じ入ったことを思い出す。

 その後、私はサーバー半減に着手する前に市長を退任したので、その点は心残りである。

 実は表沙汰にならないだけで、各地で同様の事例を耳にする。そもそも、システムが最初からフル回転ということはないので、サーバーの台数は順次増やしていけばよいのだが、単年度予算の弊害なのか、いっぺんにサーバーを揃えてしまう自治体も見かける。

 先日、ある外資系のコンサルタントから面白い話を聞いた。ある市役所の全体最適化作業中に個別のシステムの利用状況を調べたところ、相当な数のシステムがどうも最初の利用計画をはるかに下回る使われ方しかしていないようであった。そこで、各担当者に問い質してみると、「ちゃんと利用しています」と言い張った。

 仕方がないので、「では、システム利用分析状況を提出してください」と頼んだところ、さすがに資料がないとはいえず、担当者は渋々ログを出してきた。そのログを分析してみると、驚いたことに当初予定の10%から30%しか使っていないシステムがかなりあったことが判明したそうである。システムを効率よく使うと、導入したサーバーの半分以上が不必要なものであったという。

 このコラムを読んでいる人で、自治体の情報政策担当課の人は、権限があるなら他の部局が導入しているサーバーの利用状況を確認してみることをお奨めする。ログを分析して、当初の予定に対して、どの程度サーバーを利用しているかを数字で確認するのである。本当に素朴であるが、これも利用状況の「見える化」である。

 リース契約の場合、途中で何台か返すという交渉は簡単にはいかないが、不必要な数のサーバーの利用を止めて、その分の保守管理費用を安くしてくれと交渉することはできるはずである。電気代も節約になり、地球温暖化防止に少しは貢献するだろう。

 ところで、最近大変嬉しいニュースを聞いた。自治体向けのIT資産管理システムを佐賀県庁開発したのである。全体最適化の第一歩は、庁内全システムの把握にある。こうしたシステムが出てくるのは大変良いことだ。

 概要を説明すると、庁内の全部局のシステムを対象として、どの部署が、いつ、どのベンダーから、どのようなシステムを導入したのか。費用はいくらで、どのような環境で動くのかといった情報を整理し、情報システムの全体像を随時把握できるようにした上で、さまざまな分析ができるシステムである。佐賀県庁職員が自力で設計、開発したそうで、職員の頑張りはすごいなと思う。

 佐賀県では、「都道府県CIOフォーラム」などを通じて他の自治体にも無償提供する予定で機能強化を進めているという。もちろん都道府県だけでなく市役所でも使える(ご関心のある方は、佐賀県統括本部 情報・業務改革課 システム担当までお問い合わせ願いたい)。

IT資産だけでなく業務の見える化を

 さて、IT資産管理だけで自治体の電子化が進むわけではない。同時に、業務の見える化をしておくことが必要である。最初は手間だが、大きな効果が見込める。

 今、政府のIT戦略本部では、住民票をコンビニのキオスク端末で発行できるようにしようとか、添付書類を減らそうとか様々な提案を検討中である。私個人としては、コンビニのキオスク端末利用については「?」だが、添付書類を減らすことは大賛成である。

 私は以前、「住民は、市役所に行きたいわけではない!」というコラムを書いた。そのなかで、「市民が、できるだけ市役所に行くことがないようにするのが『顧客目線』である。そのために、まず、住民票の写しや税証明・印鑑証明等の証明書の発行自体を極力減らすことだ。これらの書類がどこに提出されているか分析し、同じ市役所の他部局に提出されているのであれば、市職員が基幹システムに接続し情報を確認することに切り替えるべきである」と述べた。

 申請書類は市役所の他の部局の申請に必要なのか、それとも、県庁なのか、国なのか。または、金融機関なのか。思わぬところに、効率化の余地があるかもしれない。自治体窓口の忙しい時期ではあるが、3月、4月に窓口に来た人に、一体何のために住民票の写しや所得証明などを取得したのか聞いてみると良い。もちろん全ての人に聞く必要はなく、一定の数を集めればよい。最初は手間だが、データが集まれば、大幅な発行件数の削減につながるかもしれない。

自治体横断で、見える化の推進を

 そして、できれば、このような見る化によって得られたデータを、一自治体だけでなく自治体横断的に分析してみてはどうだろうか。もっと大きな効果が出てくると思う。

 今回紹介した佐賀県のシステムの利用が広まれば、各自治体のデータを横断して分析できるようになり、「これはほとんど同じ内容のシステムなのに価格に差があるのはなぜか」「他の自治体と共通化できないか」など、もう一歩踏み込んだIT活用のヒントがいろいろと見えてくるはずである。

 また、公的証明書の使用目的について、各市町村からデータを集めて整理すれば、例えば、国や県や金融機関への提出が多いものについては、「手続きの簡略化などで証明書の発行を減らせないか」という検討を始めることもできる。

 自治体における見える化の最終進歩型は、自治体横断的な見える化である。しかし、「どの自治体がたくさんの資料を分析するか」「その費用は誰が負担するのか」といった問題もあるし、他の自治体の問題をずばりと指摘するのは、どこの自治体がやるにしろ難しい。これこそが政府の役割といえるのではないだろうか。

木下氏写真

木下 敏之(きのした・としゆき)

木下敏之行政経営研究所代表・前佐賀市長


1960年佐賀県佐賀市生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。1999年3月、佐賀市長に39歳で初当選。2005年9月まで2期6年半市長を務め、市役所のIT化をはじめとする各種の行政改革を推し進めた。現在、様々な行革のノウハウを自治体に広げていくために、講演やコンサルティングなどの活動を幅広く行っている。東京財団の客員研究員も務める。著書に『日本を二流IT国家にしないための十四か条』(日経BP社)。