新聞を開くと連日のように,原料高・物価高といった文字が目に飛び込んできます。仕入れる原材料の高騰に比例して,自社の製品価格を値上げできる企業は恵まれています。

「当社のような菓子メーカーの場合は,おいそれとは値上げできないので,内容量を少なくして対応せざるを得ないですよ」

 筆者が顧問を務めるR社のH課長が,苦虫を噛みつぶしたような表情で答えてくれました。そういうのを「ステルス戦略」というんですよね。包装パックなどの外見は変わらないようでも,中味の見えないところ(=ステルス)で減量する戦略です。

「でも,ステルス戦略で消費者の目を眩(くら)ますにも限界があります。いまは必死に歩留(ぶどまり)率の向上に努めています」

 それも一つの方策といえます。コストダウンというと,低価格の代替品への切り替えや,労務費&経費の削減に関心が集まりがち。視点を変えて,社内で不良品を出さないように歩留率の向上を目指すこともコストダウンの一つです。

「ただし,不良品を減らそうとすると,検査費などのコストが増えるので,ジレンマですよ」
消費者の信頼を得るため,と思えば,取り組まざるを得ないでしょうね。

商品や製品は自然数で数えるもの

「不良品といえば最近,イヤな目にあいました。乾電池の液漏れで,DVDのリモコンと壁掛け時計を立て続けにダメにしてしまったのです」
H課長が深いため息をつきました。

「中国製なら諦めもつくというものですが……」
それって日本のXYZ社製の乾電池ではないですか?
「ええっ! タカダ先生,どうしてそれを知っているんですか」
そのメーカーのものは,液漏れを起こすことで有名みたいですよ。わが家でも,置き時計をやられてしまいましたから。
「XYZ社では,不良品の発生データを把握していないのですかねぇ」
もちろん,把握しているはずですよ。ただし,お座なりの検査をしているだけでは,「消費者の起こった顔」までは見えないかもしれませんが。

 例えば,御社で生産している『牛骨粉サブレ』を例にしてみましょうか。この場合,いったん包装したものをすべて開封するといった「破壊検査」は行えません。1袋12枚入りで,店頭に並ぶまでに『牛骨粉サブレ』が1枚以上,割れる確率を推計してみてください。

「え~っと,当社で行なった抜き取り検査の結果によると,100枚のサブレのうち,割れるのは2枚程度とされていますから,次のように計算できます」(図1

図1●H課長が計算した1袋に入っている割れたサブレの枚数
図1●H課長が計算した1袋に入っている割れたサブレの枚数

「答えは,1袋の中に0.24枚ですね」

 H課長ったら,さっき言ったばかりなのに,なんというお座なりな計算をするんですか。「数学は,高校1年の夏で挫折しました」みたいな答え方はヤメてください。

「あ,バレましたか……」

 袋の中で0.24枚のサブレが割れていて,残り11.76枚(=12枚-0.24枚)が割れていない,なんてことがあるわけないじゃないですか。だいたい,そのような答えでは,100袋中100袋すべてに割れたサブレが1枚ずつあることになってしまいますよ。

 商品や製品というのは,小数点などの実数で数えるものではなく,1枚,2枚といった自然数で数えるものです。こういう場合は1袋の中に,割れたサブレが1枚ある確率はどれくらいか,2枚ある確率はどれくらいか,という考え方をします。割れているか割れていないか,という二者択一の問題ですから,高校の数学で習った「二項分布」を使います。その計算結果は以下の通りです(図2)。

1袋の中で割れている枚数 確率
 ゼロ(割れているものはない) 78.5%
 1枚だけ割れている 19.2%
 2枚だけ割れている  2.2%
 3枚以上,割れている  0.1%
図2●二項分布による確率計算で求めた割れた枚数ごとの確率

 この結果から,1袋の中に割れたサブレが1枚ある確率は19.2%,2枚ある確率は2.2%,3枚以上ある確率は0.1%になります。つまり,割れているサブレが1袋の中に1枚以上入っている確率を,いわゆる相補定理によって計算すると,21.5%になります。もし,店頭に100袋が並んでいる場合,そのうち22袋の中に,割れたサブレが1枚以上はあることになります。

「う~ん,100袋中,悪くても10袋くらいかなと“勘”で予想していたのですが,22袋というのは相当に高い確率ですね。歩留りに注意しないと,クレーマーが押しかけてきそうだな」
『牛骨粉サブレ』はパリッと割って食べるものですから,封を開けたとき割れたサブレが1枚くらい入っていても,御社に対して「全部を取り替えろ!」と苦情を申し立てるモンスターカスタマーはいないでしょう。

 ただし,乾電池の場合はそういうわけにもいきません。H課長の場合は,リモコンや時計を台無しにされたのですからね。XYZ社へ抗議でもしますか?

「いえ,そこまではしません。しませんが──,今後は乾電池に限らず,XYZ社製の家電製品はどんなものであっても金輪際,買わないつもりでいます。別に,ここで一人の需要を失ったところで,売上高が『兆』を超えるXYZ社にとっては痛くも痒くもない話でしょうけれどね」
H課長の恨みは,骨髄の奥にまで染みているというわけですか。

 確かに,日用消耗品というのは同一メーカーのものを惰性で使い続ける消費者が多い反面,メーカーが予想もしていない欠陥や安易なステルス戦略をキッカケにして,彼(か)の需要は一気に他社製品へ流れ,二度と戻ってくることはないと言われます。

 歩留率の反対を,歩減(ぶべ)り率(=1-歩留率)といいます。これは,顧客を失う割合に近似する指標です。

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/