写真●ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの屋外公演を楽しむ人々
写真●ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの屋外公演を楽しむ人々
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 5月の連休後半,有楽町の東京国際フォーラムで開催されたイベント“ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2008”に出かけてきました。このイベントは今年で4回目を迎える,クラシック音楽の一大イベントです。有楽町界隈のゴールデンウィークの風物詩にもなりつつあるこのイベントをみて,固定概念について考えさせられました。

 ラ・フォル・ジュルネは,元々フランスの地方都市ナントで行われていたクラシック音楽イベントです。同様のコンセプトのイベントを2005年から東京で開催しているのがラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンです。東京国際フォーラムには各種のホールやイベント会場がありますが,それらをフルに活用して1日に数十公演の有料コンサートやリサイタルを行います。さらに無料で参加できるコンサートやイベント,国際フォーラムの屋外広場で行うミニコンサートなども数多くあります。

 クラシック音楽というと,堅苦しく,知識がないと楽しめないものと思う方も多くいらっしゃるでしょう。実際にそうした部分がないとは言えませんが,ことラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンにはそんな堅苦しさは無縁です。0歳児や3歳児から入場できるコンサートも多く,コンサートの合間に赤ちゃんの声がホールに響くこともしばしばですし,それもラ・フォル・ジュルネならではのものと,他の聴衆もあまり気にしていないようです。屋外の広場ではさまざまな屋台が並び,ビールや食べ物を片手にクラシックの演奏を楽しんでいる光景が広がります。

既存の「スタイル」を崩すということ

 今回で4回目になったラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンは,国際フォーラムだけで64万人の来場者を集め,丸の内周辺の関連イベントと合わせると100万人を超える集客となりました。有料コンサートは221公演,18万枚以上のチケットが売れたという巨大なイベントなのです。今年のテーマは「シューベルトとウィーン」という,少し渋めの路線でしたが,昨年と同規模の集客を実現しました。

 マスに向けた集客効果を狙う際に,「クラシック音楽のイベント」を考える人は,これまで日本に多くはいなかったと思います。クラシックの顕在リスナーは必ずしも日本人のメインストリームではなく,潜在リスナーを惹きつけるコンテンツがあったとしてもそれは「ブーム」と呼ばれるもので,ブームは一過性のまま去ってしまうことが多かったからです。

 日本は,クラシック音楽が生活に根ざしている欧米とは文化も音楽的な土壌も異なります。それでも,ラ・フォル・ジュルネのアーティスティック・ディレクターであるルネ・マルタン氏は「クラシックにある“垣根”を取り払っていこうと考えて実施してきた。4回目でも初めての来場者が40%いる。まだまだこれからも広がりが期待できる」と日本でのイベントの定着を信じているようです。

 具体的には,「クラシックのコンサートは19時ごろから2時間というパターンが決まっていた。これを45分などの短いコンサートにして,4~5日に朝から晩まで詰め込んでいくのがラ・フォル・ジュルネのスタイル。パターン化した提供方法から抜け出すことで顧客の広がりを獲得できた」(アーティスティック・プロデューサーを務める梶本音楽事務所社長の梶本眞秀氏)。1回のコンサートの時間が短い代わりに,料金も1500円といった低価格にすることで,回遊してたくさんのコンサートを聴く聴衆もいます。実際に公演が終了すると,次の公演を目指してぞろぞろと人の流れができる光景もみられます。

どこかに見えていない変革のポイントはないか

 マスを惹きつける力など,端からないと考えられていた(かもしれない)クラシック音楽のイベントで,100万人からの動員ができ,それを毎年継続する。これは固定観念に縛られていてはできない離れ業でしょう。既存の提供スタイルを変えることで,より多くの人にメッセージが届くイベントができあがったのです。こうした発想の転換は,たぶんITの世界でも同様に功を奏する可能性がありそうです。

 「携帯電話の画面に向かってピコピコしているのは若年層だけ」「パソコンを持ち歩いて使うのはマニアと仕方なく使っているビジネス・パーソンだけ」---。例えばこんな固定観念があるように思います。ではそれをどう変革したら新しいビジネスにつなげられるか,その答えは私には簡単には浮かんできません。でも,決めてかかってはいけない。どこに潜在顧客がいるのか,どんなコンテンツやその提供方法なら振り向かせることができるのか。考えてみる価値はありそうです。

 クラシック音楽を「おたく」(失礼)ではなさそうな人たちが大勢楽しんでいるのを見て,固定概念を一度取り払って考えてみることの意味を改めて意識しました。コンテンツを読者の皆さんに提供させていただいている自分への自戒の意味も込めて。