前回は,米国UCLA医療センターで発覚したカルテ情報漏えい事件を取り上げた。今回は,日本の医療業界でも話題になった米国の「Google Health」について,プライバシー・個人情報保護の視点から考えてみたい。

Google Healthが象徴する消費者主導型ヘルスケアとICTの連携

 2008年2月28日,米Googleは一般消費者が健康情報を保存,管理できるオンラインサービス「Google Health」の詳細について発表した。これに先立ち,同社と米国の医療機関Cleveland Clinicは,両者が提携してパイロットプロジェクトの運用を開始したことを発表している(「Cleveland Clinic Collaborates With Google to Enhance Patients'Healthcare Experience」参照)。

 このプロジェクトでは,Cleveland Clinicの電子個人健康記録(PHR:Personal Health Record)システムである「eCleveland Clinic MyChart」とGoogleのプラットフォームを連携させることで,「National Access」「Consumer Empowerment」「24/7 Access/Portability 」を支援することを狙っているという。その後,5月19日に「Google Health」のベータ版が公開された。

 電子個人健康記録(PHR)を利用したオンラインサービスにおいて,Googleは必ずしも先駆者というわけではない。過去に様々な医療専門家が構想を練ってきた経緯があり,民間でも,米Microsoft(「Microsoft Unveils Consumer Health Vision, Launches Technology Platform to Collect, Store and Share Health Information」参照),米AOLの共同創始者であったスティーブ・ケース率いるRevolution Health Groupなどが,Googleに先駆けてサービス提供開始を発表している。

 注目すべきは,米国の医療界で起きている消費者主導型ヘルスケア(CDHC:Consumer-driven health care)の流れと,ICT(情報通信技術)産業で起きている「コンシューマーIT」の流れが融合しつつあることが,Google Healthの登場で,一層鮮明になった点だ。「コンシューマーIT」は,MicrosoftやRevolution Health Groupの基盤技術でもある。見方を変えると,前述のCleveland Clinicをはじめ,米国を代表する医療機関が,一般消費者ならではの発想や経験が組み込まれた「コンシューマーIT」を,健康と医療をつなぐ共通プラットフォームとして積極的に活用し始めたことを意味している。

健康医療分野のICTに求められる「コンシューマーIT」有効活用

 電子個人健康記録(PHR)を利用したオンラインサービスの普及を左右する課題として必ず挙げられるのが,プライバシー・個人情報保護対策である。同じ個人情報であっても,健康と医療では,適用される法令・ガイドラインが異なり,情報セキュリティに対する関係者の認識にも差があるのが実情だ。また,前述のCleveland Clinicや前回取り上げたUCLA医療センターなど,米国を代表する医療機関の多くは非営利組織を運営母体としており,ICT基盤を提供する営利企業にも,「公」の観点に立った社会的責任が求められる。

 プライバシー・個人情報保護対策については,昨年来,マスメディアや消費者生成型メディア(CGM:Consumer Generated Media)で取り上げられているほか,著名な医学専門誌でも議論が交わされている。例えば,The New England Journal of Medicine誌には「Tectonic Shifts in the Health Information Economy」,BMJ誌には「Personal electronic health records: MySpace or HealthSpace?」といった記事が掲載されている。

 プライバシー・個人情報保護対策は,本来,健康医療分野の技術革新や制度改革を支える社会基盤である。ICTのメリットを生かせる領域が存在する点は,国が違っても変わらないはずだ。しかも,健康医療分野の情報の大半は,「Google」「Yahoo!」「MSN」など,一般消費者向け検索ポータルサイトを介して,日本の消費者や専門家に伝わってきている。健康医療分野のICTソリューションには,国民生活に組込まれた「コンシューマーIT」の有効活用が求められている。

 次回は,電子個人健康記録をめぐる日本の状況について考察してみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/