大型システムの開発を行った場合など,カットオーバー後の保守契約も引き続き同じベンダーに発注することが多々ある。開発から保守契約と長期にわたり同一のベンダーと付き合うことで,担当者同士の人的なつながりが強くなる。これにより両者の間に良好なパートナーシップ関係を築くことができる。

 一方,お互いの人間関係が近くなるほど,お互いの間に依存関係が出来たり,甘えを許してしまったりする場合も少なくない。良好な関係と,馴れ合いは根本的に異なる。これを正しく認識しておかないと後々大変なことになってしまう。

「この辺で少し儲けさせてください」と言われ…

 Gさんは中堅SIベンダーS社のプロジェクト・マネージャ(PM)である。S社は大手通信事業者R社と長年にわたって良好な関係を続けてきた。Gさんも受注側PMとしてたびたびR社の仕事を担当しており,いくつかのシステムでは保守作業も実施していた。GさんとS社のシステム部門の間には確固とした関係が出来上がっていた。

 一方,S社はR社から受注した際に必ずS社の下請け企業であるQ社を使って仕事をしていた。S社が一定規模以上の案件を受注すると要員不足となるためで,補充要員を確保するためにQ社を利用していたのだった。Gさんは,R社と同様にQ社の担当SEとも長年付き合っており,それぞれ良好な関係があるように見えた。

 あるとき,S社はR社より500人月規模のシステム開発を受注した。S社としてはR社のシステム部門と太いパイプを持つGさんをPMに任命し,実際の開発作業についてはQ社と請負契約を結ぶこととした。

 数カ月後,要件定義フェーズは無事完了し,基本設計以降の一括契約分について見積もりを提出することとなった。GさんはQ社から提出された見積もりについて軽く目を通した。いくつかの疑問点があったので,Q社の担当SEと協議することとした。するとQ社のSEから次のように言われた。

 「最近,S社からの発注が減り気味で,我々も大変なんです。このままだと,いま保守作業をしている要員を変えなければならないかもしれません。できればこの辺で少し儲けさせてください。よろしくお願いいたします」。

 ここで保守要員を変更されては,うまく行っているR社との関係にも影響があるとGさんは考えた。多少の疑問点はあるが大きな問題にはならないと判断し,Q社の提示額をそのまま利用してR社への見積もりを作成したのだった。

 そこには,きっとR社の担当者もGさんが提示する見積もりに合意してくれるだろうという甘い思いも含まれていたのだった。R社のシステム部門は,Gさんから提示された見積もり金額について,予算の枠内だったこともあり,端数の調整はあったものの基本的にはS社の言い値で合意しようとした。

 一方,S社は,R社との価格協議動向や,要件定義フェーズで投入したQ社の要員を引き留める意味からも,Q社との間で請負契約を交わしたところであった。ここまでは,Gさんの思い描いていた構図通りだった。

 しかし,ここから事態は急転する。R社の購買部門の責任者から待ったがかかったのだ。購買部門で査定すると,S社が提示した価格は世間一般で同レベルのシステムと比較して高額だというものだった。購買部門からは詳細に査定した結果についてシステム部門に報告がなされていた。この報告を作成した購買部門責任者は最近転職してきたベテラン社員であり,過去調達部門を専門に経験していたのだった。

 R社のシステム部門としては,信頼するGさんからの見積もりだったためにノーチェックであった。そこで慌ててGさんに説明を求めたのだった。説明を求められたGさんとしても非常に困った。早速,GさんはQ社への発注金額を減額すべく,当初抱いていた疑問点をまとめた上でQ社の担当SEと協議を行うこととした。

 しかし,Gさんを待っていたのは,Q社のSEからの厳しい一言だった。「S社とQ社との間では既に契約が締結されており,金額については合意事項です」。それでもGさんは,R社の事情が変わったことや自身が抱いていた疑問点について協議をしようとした。すると,Q社からトドメの一言が浴びせられた。「それは,下請法における『買い叩き』ならびに『下請代金の減額』に該当しますよ。違法行為です」。

 Gさんは何も言い返せなかった。その後,Gさんの努力により,結果的に赤字にはならなかったもの,ほとんど利益のでないプロジェクトとなってしまったのである。

親しき仲に垣をせよ

 Gさんのように,協力企業と馴れ合いになったために,見積もりが甘くなったり,査定が甘くなったりする例は少なくない。長年付き合っている間柄だと,どうしてもそうなりがちである。今回のケースの場合,仮にS社の購買責任者が変わらなければGさんの思惑通りに事が進んだかもしれない。

 しかし,あえて筆者は言う。親しき仲に垣をせよと。親しい仲であるからこそ,けじめを付けるべきなのだ()。

表●協力会社管理で注意すべき点
作業方法 どのような作業を依頼するのかを具体的に明示する
  • 作業範囲・責任分担・期間を明確にする
  • 検収条件および検収方法を明確にする
契約形態 契約形態はどうなっているか確認する
  • 請負契約
  • 委任契約(準委任契約)
  • 派遣契約
各契約形態に応じて以下項目で違いがあることを認識する
  • 指揮命令系統
  • 瑕疵担保責任
  • 債務不履行責任
  • 二次協力会社利用
  • 報告義務
見積もり 見積査定を必ず行う
  • 査定根拠を示して協議する
  • 納得がいくまで決して合意しない
  • 合意結果を必ず明文化して残す
2次/3次協力会社(下請け/孫請け)の存在を確認する
丸投げ 丸投げは絶対しない
  • 知識の空洞化が発生する
  • 協力企業以外誰も分からないという事態を起こさない
法令順守 関連法規を順守する
  • 労働基準法
  • 労働者派遣法
知的所有権 知的所有権の所在について契約時点で明記する
  • 著作権
  • 特許権
  • 不正競争防止法

 お互いに親しくなると,だんだんと指示が不明確になりがちである。特に日本人は「あうんの呼吸」という言葉に代表されるように,明文化することなく仕事を進めることがある。長年一緒に仕事をしていればいるほどその傾向は強い。それは社内だけでなく社外の人間に対してもそうだ。これが馴れ合いに結び付く大きな要因の一つなのだ。

パートナシップ関係と馴れ合いは異なる

 良好なパートナーシップ関係とは,良い人間関係を結びながらも,仕事という公的な場においてはお互いに切磋琢磨し両者がそれぞれ向上することにある。そういう関係であるからこそ,両者の人的・物質的資源の共有と適切な役割分担が可能であり,互いに新しい発見やアイデアが生まれ,1+1が2以上になる可能性があるのだ。

 しかし,馴れ合いの場合はそうはいかない。お互いの関係がうまく行っている間はよいが,ひとたび問題が発生すると,その関係を維持するためにはどちらかが黙って涙を飲むことになる。

 Gさんは,R社とQ社の両方の会社と馴れ合いになってしまっていた。PMたるもの,どんなに親しくなったとしても,決して馴れ合いになることなく,常に良きパートナーとしてお互いを高める努力を怠ってはならない。


上田 志雄
ティージー情報ネットワーク
技術部 共通基盤グループ マネージャ
日本国際通信,日本テレコムを経て,2003年からティージー情報ネットワークに勤務。88年入社以来一貫してプロジェクトの現場を歩む。国際衛星通信アンテナ建設からシステム開発まで幅広い分野のプロジェクトを経験。2007年よりJUAS主催「ソフトウェア文章化作法指導法」の講師補佐。ソフトウェア技術者の日本語文章力向上を目指し,社内外にて活動中。