「四つの約束」は会社設立時から会社の全社員が守るべき決まりとしてきた事柄である。今回は「仕事票は毎日正確につける」「決められた場所に決められた形で格納する」という二つの約束を説明する。

約束3:仕事票は毎日正確につける

 仕事票とは富士通アプリケーションで使用している作業実績を作業ごとに登録する仕組みである。その特徴は,作業を非常に細かく細分化して(0.1時間が最小単位)毎日登録することにある()。

図●個人別仕事票の例
図●個人別仕事票の例
担当業務,作業工程,作業項目単位にオーダーを細分化し,作業完了で終了日を入力
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 この仕組みを考えた最初の目的は,正確な原価把握(作業改善のできるレベルの原価把握)を行うことである。ソフトウエア開発の原価把握は「データを集めるのが大変」「見えないのでよく分からない」などの理由でいろいろな試行はされてきたが,うまくできなかった。しかし,原価の分からない製造業があるのだろうか。また成り立つのだろうか。そんなことはないはずだとの思いから,会社設立からこのテーマを掲げて実行している。

 では,なぜ「毎日」「正確に」が必要なのか。このような仕組みを作るとよく起きる問題として予算に合わせて実績を計上する部門が現れる。いつも計画どおり全く狂いがない。ところが,ソフトウエア開発では,そのようなことはあり得ない。また,問題を明確にしない限り,改善も実施し得ない。通常は月一回の締めで提出のパターンが多いが,これは調整や忘れを生み出しやすい。このため毎日必ず登録することをルール化している。

 最初からうまくいったわけではなく,このルールを定着させるために会社設立以来,毎週,管理職に「仕事票のエラー」「未提出者のリスト」を配布した。エラー統計も出し,現在に至るまでありとあらゆる手段で,言い続けている。当初に比べればかなり精度は上がってきている。現在では「受注番号―プログラム番号―ドキュメント種類(画面設計書)―作業コード(レビューをする)」の単位まで把握できるようになり,実質的にプログラム1本ごとの直接原価が把握可能となってきた。

 仕事票のデータがそろい出した結果,このデータを基に進捗管理,課題管理,要員計画などの社内システムとの連動が可能となり「見える化」のベースとなっている。さらに1プロジェクトを行うと10万件から60万件のデータが蓄積されるが,この作業実績データの解析作業も開始している。この結果からよりよいメトリクスを導き出すことを次の展開としたいと考えている。

約束4:決められた場所に決められた形で格納する

 パソコン・ベースでの開発が中心になって開発資産の管理が非常に難しくなってきている。50人のプロジェクトで,最新の全資産を1時間以内にそろえられるプロジェクトはまれなのではないだろうか。

 この約束の基本は「整理・整頓」である。これをソフトウエア開発に適用すると「すべてのドキュメント,プログラム資産は決められたフォルダの決められた場所に決められた形式で格納する」ことになる。開発時の効率化,資産管理事故の防止に役立つのはもちろん,開発後の保守においても大きな効果を発揮する。そのプロジェクト経験が全く無いメンバーでも,どのドキュメントはどこにあるか,会社としての決まりがあれば,すぐに探し出せるからだ。

 ソフトウエアも,ほかの工業製品と同じく作り逃げは許されない世界である。将来の保守を確実に行えるような準備を開発時点から行うべきと考えている。そのためにはドキュメントの標準化やコーディング規約の標準化が行われてきているが,同時にそのプロジェクト実施時のフレームワークの説明書や部品の使用手引き,作業手順書など関連するすべてのドキュメントを体系的維持管理することが必須である。

 一方,富士通アプリケーションズでは,過去のプロジェクトの分析を定常的に行っている。たとえば規模別フレームワーク別のドキュメントページ数など見積もりや品質確保をするための基礎値,目標値を設定する必要がある。これらの分析をするとき,過去の資産が決められた場所に決められた形で格納されていれば分析のための準備時間は大幅に短縮される。これらの成果として,特定のプロジェクトの自動生成率の推移やテスト仕様のタイプ別の出荷後品質など多くの有益なデータの分析結果が得られている。

 「整理・整頓」は掛け声だけではなく,それを工業化の何に結びつけて行くのか,ソフトウエア産業は一般の製造業に比べて一周遅れで進んでいるわけで,より本質的な理解と努力が必要と考えている。

渡辺 純
富士通アプリケーションズ 代表取締役社長
1974年,富士通入社。SEとして主に食品製造業の顧客企業を担当。1996年よりERPパッケージGLOVIAを統括。2002年よりJavaアプリケーション開発専業会社である富士通東京アプリケーションズの社長に就任。2004年より現職。アプリケーション開発における見積問題をはじめ,製造プロセス,開発マネージメント全体にわたる,技術,方法論の開発・導入に取り組む。また,ソフトウエア開発におけるトヨタ生産方式の積極的導入を図る。