PMBOKによると,「プロジェクトマネジメントとは,品質,スコープ,タイム,コストなど,競合する要求のバランスをとること」とある。だがPMBOKには,具体的にどうバランスをとるのかは記されていない。現実には,うまくバランスをとることと,あえてバランスを崩すことを,臨機応変に考えなければならない。

後藤 年成
マネジメントソリューションズ マネージャー PMP


 PMBOKではプロジェクトの制約条件について,以下のように書いています。

『プロジェクトマネジャは,競合するプロジェクト要求事項をマネジメントする場合に,プロジェクト・スコープ,タイム,コストの「制約3条件」に言及することが多い。プロジェクトの品質は,これらの3つの要因のバランスをとることによって決まる。高品質のプロジェクトは,スコープの範囲内で,納期通りに,予算内で,必要なプロダクト,サービス,または所産を提供する』

 やや硬い文章で分かりづらいかもしれませんが,要するに,「プロジェクト・スコープ,納期,予算,品質(以下,プロジェクト制約条件と呼ぶ)のバランスをとって,プロジェクトを運営すべきだ」ということです。もちろんPMOも,これらのプロジェクト制約条件のバランスをとりながら,プロジェクトを運営する責務を負っています。

 それでは,どのようにして,これらのバランスをとればよいのでしょうか。機能要求の膨張を防ぎ,スケジュール管理,コスト管理,品質管理を厳密に行えば,バランスがとれたプロジェクト運営ができるのでしょうか。みなさんは現実に,下記のようなプロジェクトが可能だと思いますか。

(1)当初定義した機能要件が全く変わらないプロジェクト
(2)すべてのタスクがスケジュール通りに進んでいるプロジェクト
(3)最初に計画した予算通りに費用が発生しているプロジェクト
(4)プロジェクト計画書で規定した通りの品質の成果物ができているプロジェクト

 プロジェクト・スコープ,納期,予算,品質のすべての要素が予定通りに進むプロジェクトなど,ほとんどないと言っても過言ではありません。これらの要素は互いに影響し合っているため,どれか1つの要素に予定外のことが発生したら,その時点でプロジェクト制約条件のバランスは大きく崩れてしまうのです。

リスク管理の下で,バランスを保つための「余裕」を作る

 今まで述べてきたように,プロジェクトにおいてすべてのプロジェクト制約条件を予定通り完璧に保つのは無理です。一般的な対策としては,計画時点でコストやスケジュールに「余裕」を持たせておく方法があります。その余裕が,機能追加や品質悪化によるスケジュール遅延などの変化を吸収して,バランスを保つ役割を果たします。

 しかし,納期短縮やコスト圧縮が重要視される現在において,そのような「余裕」を簡単には認めてもらえません。しっかりした根拠と,適切にマネジメントできることを示す必要があります。

 そこで,リスク管理が重要になってきます。プロジェクトで発生する不確定要素に対して,予算やスケジュール面で「なんとなく」余裕をもたせるのではなく,しっかりとしたリスク管理を計画・実行しなければなりません。リスクを金額化して,「プロジェクト・リスク費用(あるいはスケジュールのバッファ)」としてプロジェクトの全体予算に組み入れるべきなのです。リスク費用の根拠がはっきり示せば,抵抗なく認めてもらえると思います。

 逆にリスク費用が認められないようなプロジェクトがあれば,それはかなり危険なプロジェクトだと判断するべきでしょう。プロジェクト・リスクを金額化する方法は,「リスクが発生したときに発生するコスト×発生確率」で見積もるなど,さまざまな方法があります。詳細はPMBOKなどに記載されていますので,興味のある方は調べてみてください。

制約条件のバランスをあえて崩す

 既知のリスクにはリスク費用やスケジュール・バッファをとることができますが,未知のリスクが発生した場合にはどうしようもありません。そのようなときに必要なのは,「バランスをとることにこだわり過ぎないこと」です。プロジェクトの特性によって,プロジェクト・スコープ,納期,予算,品質について優先順位を付けておき,プロジェクト関係者全員でその優先順位について合意しておくことが重要です。

 例えば,人の命に関わるような物を作っているプロジェクトの場合は,納期やコストが多少オーバーしても中途半端な品質のものは作れないはずです。また,法改正などでどうしても期限までに対応が必要なプロジェクトの場合は,機能を多少削ったりしても納期を優先すべきなのです。

 もちろんPMBOKには,「万が一の時は,プロジェクト制約条件のバランスを崩しましょう」なんてことは書いてありません。PMBOKはあくまで知識体系に過ぎません。PMOは基本を大切にしながらも,時には臨機応変に,優先順位に基づいてプロジェクト制約条件のバランスを崩すことを考えなければなりません。そして,プロジェクトマネジャをはじめとする関係者に,それを提案する能力が求められます。

 そのためにもPMOには,日々現場の様子を観察し,怪しいにおい(未知のリスク)をいち早く察知できる嗅覚が必要なのです。


後藤 年成(ごとう としなり)

 大学卒業後,ニッセイコンピュータ(現ニッセイ情報テクノロジー)に入社。システム・エンジニアとしてホスト系からオープン系にいたる幅広いシステム開発を経験した後,2002年から野村総合研究所にてプロジェクトマネジメントに携わる。2007年、マネジメントソリューションズに入社。「知恵作りのマネジメント」を支援するPMOソリューションの開発や各種プロジェクトでPMO業務に従事している。連絡先は info@mgmtsol.co.jp