書籍販売老舗の丸善は2007年12月、大学市場事業の営業担当者を対象にしてのSFA(営業支援)システムを構築した。5年前に一度失敗した SFAシステムの導入だが、今回は入力業務を極力減らすために、マイクロソフトのパッケージ・ソフトをベースに構築。ただし、そのソフトは国内で実績のない初物パッケージだった。

 「Outlookの画面再表示に10秒近くかかる。どうなっているんだ」。「サーバーのパフォーマンスに問題はないはずだが…」。「とにかくサーバーを増強してみてはどうか」。

 2007 年5月、書籍販売老舗の丸善・経営企画本部IT企画室の馬場一利室長は、稼働したばかりの新SFA(営業支援)システムを前に、対策に追われていた。稼働直後から、同じサーバーで管理していた電子メール・システムやスケジュール管理などの処理時間が長くなり、クライアント側が待たされるという現象が起きたからだ。

 丸善が1億5000万円をかけて導入したこのSFAシステムは、全国12支店に所属する教育・学術事業部の営業担当者約300人を対象にしたものだ(図1)。顧客別の営業実績から商談状況、予測などの情報を屋外でも共有できるように、PHSカードを差したノート型PCでも使えるように設計した(図2)。

図1●丸善はSFA(営業支援)システムを刷新し、教育・学術事業部の営業改革に乗り出した
図1●丸善はSFA(営業支援)システムを刷新し、教育・学術事業部の営業改革に乗り出した
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図2●新SFA(営業支援)システムのシステム構成図
図2●新SFA(営業支援)システムのシステム構成図
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 システムの中核は、マイクロソフトが06年秋に国内発売を開始したCRM(顧客情報管理)パッケージ「Dynamics CRM 3.0」。営業担当者がOutlookなどのMS Office製品を使って業務を遂行すれば、メールやスケジュール管理情報などを自動的にデータベース上に集約し、顧客情報管理を支援する。

 顧客とのメールのやり取りもその履歴が記録され、関連したアポイント、関連した書類なども顧客名をキーワードに自動的にひも付けてくれる。顧客から返信されてきたメールも、一連の顧客情報としてデータベースに格納する。使う側に、CRMならではの特別な使い方を意識させないところに、この製品の特徴がある。ただし、導入に際して一つだけ難点があった。それは同社が国内の第1号ユーザーであることだ。そのことが、冒頭のトラブル発生につながった。

「初物を拒むな、チャレンジせよ」

 新システムのパフォーマンス低下の報告を受けて同社と、システム構築を担当した日本ビジネスコンピューター(JBCC)、ソフト開発元のマイクロソフトを加えた3社の技術者が原因究明に躍起になった。サーバーの様子を見ると、Dynamics CRMと連携しているExchangeサーバーなどの間で、データの読み込みや書き込みなどのハードディスクへのアクセスが頻繁に起きていることが分かった。

 「とりあえずサーバーを増やすことで、1台当たりの負荷を減らすことから始めよう」と、馬場室長は判断した。システムのパフォーマンスを上げるためには、本来はソフトウエア上のボトルネックを解消するといった根本的な治療が効果的だ。しかし、まだ稼働実績が乏しいDynamics CRMのパフォーマンスをどこまで上げられるかの確証は得られない。対処療法的ではあるが、サーバーの増強によってシステム全体の反応速度を上げようと考えたのだ。

 「導入経験が不足していて、サーバーのサイジング(最適構成)などの基礎情報ですら手探り状態だった」と馬場室長は打ち明ける。JBCCのCRMシステム構築ノウハウと、マイクロソフトの技術情報を持ち寄ることで、「サーバー増設後は、安定的に稼働している」(馬場室長)という状態だ。

 丸善がこうした苦労をした理由は、Dynamics CRMの国内最初のユーザーとなったためだ。同社が同パッケージを選択した時期は、マイクロソフトが日本に製品を投入したのとほぼ同時期(図3)。国内での導入実績もなく、システム上の問題点などリスクがあまり見えない段階で、第1号ユーザーになることを丸善は決断した。残念ながら、そのリスクはいろいろな形となって表れてしまった。サーバーのパフォーマンス低下以外にも、2バイトコード文字による文字化けなどの「細かいバグ」も起きた。

図3●丸善の新SFAシステムの開発スケジュール
図3●丸善の新SFAシステムの開発スケジュール
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 こうした苦労をある程度予想していたにもかかわらず、丸善はDynamics CRMの導入を推進した。そこには大きな「原動力」があった。2006年6月に丸善の専務に就任したばかりの土岐勝司氏は、Dynamics CRM導入を検討し始めたIT企画室に、こんな檄を飛ばした。「初物のリスクを拒むな。新しいことにチャレンジして得られるメリットを大事にしよう」。この言葉に押されるように、プロジェクトは動き出した。