大和証券は2007年8月、1万台に及ぶシンクライアント端末導入計画の第1弾として東京・大手町の本社で70台を稼働させた。本社における災害時の事業継続やセキュリティの向上を目指し、検討を始めてから2年強。実績が少ないシンクライアント端末への改善要望を製造元のNECにぶつけ、パソコンとそん色ない操作レベルに引き上げた。

 「パソコンなのか、シンクライアントなのか見分けがつかない。もう予備機は必要ないな」。リテール部門である大和証券の鈴木孝一業務・システム担当取締役は自席に残してあったパソコンの電源を落とした。前日に配備されたシンクライアントにすべての業務を切り替えた。

大和証券は今年8月、それまで使っていたパソコン(写真上)をシンクライアント・システム(写真下)に切り替えた
大和証券は今年8月、それまで使っていたパソコン(写真上)をシンクライアント・システム(写真下)に切り替えた

 2007年8月6日、東京・大手町にある大和証券本店のシステム企画部で、新しく導入した70台のシンクライアントが動き出した(図1)。

図1●大和証券が8月に完成したシンクライアント・システムの全体構成
図1●大和証券が8月に完成したシンクライアント・システムの全体構成
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 大和証券グループは07年7月に、持ち株会社とリテール部門で使用しているパソコン1万台をシンクライアントに置き換えることを決めた。同社は11月に本社・本店を東京・丸の内に移転する計画。シンクライアント・システムはデータをデータセンターのサーバーに保存する仕組みなので、パソコンの紛失や破損といった引っ越し作業に伴うリスクがなくなる。このため、引っ越し前に持ち株会社の300台、リテール部門本部の1200台のパソコンをシンクライアント・システムに切り替えているところだ。

 シンクライアント・システムを販売しているベンダーを除けば、これほどの規模で全面導入する例は国内では見当たらない。大和証券は、本部が被災した際の事業継続、ハードディスク・ドライブを外すことによる端末装置の延命を目的にシンクライアントの導入を決め、自らの要望をメーカーにぶつけることにより、 “理想”のシステムを手に入れた。

「本社のデータが守れない」

 大和証券がシンクライアント・システムの導入を検討したきっかけは、「本社が被災した場合の事業継続をどうするかという議論だった」(鈴木取締役)。経営企画部で検討を始めたのは2003年の秋。データセンターや通信回線はすでに2重化してあった。問題はパソコンで扱うデータのバックアップができていないことだった。

 ファイル・サーバーはもちろん配備していたが、社員がパソコン内のデータをすべてファイル・サーバーに保存しているわけではない。もし本社が被災したらパソコン内のデータを守れない状態だった。経営企画部は「何か良いアイデアはないか」とシステム企画部に相談を持ちかけ、組織をまたがった議論が始まった。

 もう1つ、鈴木取締役が頭を痛めていることがあった。ハードウエアが減価償却の5年を経過する前に故障するケースが目立ってきたのだ。故障はほとんどハードディスク・ドライブだった。ハードディスクには機密情報が入っていることも少なくない。情報漏洩のリスクを考えると気安く修理に出すわけにもいかず、ハードディスクが壊れたパソコンは廃棄するしかなかった。鈴木取締役は「耐久性の高いものをいつも探していた」という。

 これら2つの問題を解決するために白羽の矢を立てたのがシンクライアント・システムだ。シンクライアント・システムでは、OSやアプリケーション、データをすべてサーバーに集め、端末にはデータを持たせない。サーバーをデータセンターに置けば2重化も容易だ。端末は故障の最大の原因となるディスクを搭載していないため、パソコンより長く使い続けることができる。シンクライアント・システムの特徴を知ったとき、鈴木取締役は「これならデータを保護できるし、耐久性も高そうだ」と直感した。

 2005年4月、鈴木取締役はシンクライアント・システムの導入に向けた調査を開始するようシステム企画部に指示を出した。

主要5製品を独力で徹底比較

 システム企画部員はシンクライアント・システムを販売しているベンダーを本社に招いて製品の説明を受けたり、展示会に足を運ぶなどしてシンクライアント・システムに関する調査を独力で進めた。

 半年間かけた調査で候補に残ったのは5社の製品。NEC、日立製作所、サン・マイクロシステムズ、米アーデンス、米シトリックス・システムズの主力製品を、10の視点で採点していった。評価項目は「運用・管理が容易か」「ネットワークをWANで構築できるか」「端末1台当たりに換算した場合のシステム・コストはいくらか」などである。

 その結果、最高点を得たのがNECの「TC-Station」。1位と2位の製品の差は、「使用するアプリケーションをユーザーごとに設定できるか」という項目だった。

 NECの製品は端末1台ごとにOSやアプリケーションの動作領域をサーバーに用意する仮想PC型。本部ではパソコンに搭載しているアプリケーションが、社員の業務内容によって大きく異なる。シンクライアント端末にパソコン同様の使い勝手を求めていただけに、「アプリケーションを端末ごとに設定できることは必須だった」(大和証券システム企画部の山田芳也上席次長)。

 2005年11月、大和証券はTC-Station10台を試験導入する。シンクライアント・システムを採用するかどうかの判断が主な目的だった。山田上席次長は「起動時間の短さに驚いた。これでデータ集約までできるなら、シンクライアントのほうがパソコンよりもはるかに優れている」と感じた。それからしばらくはシンクライアント・システムでどのようなことができるのか、実際に使いながら検討し、同時に検証用システムの導入に向けた予算の確保に動き出した。

 2006年7月、将来の大量導入を見据えた形で、検証用にTC-Station70台をシステム企画部に導入することが経営会議で決まった。