中小ソフトウエア開発ベンダーは,ビジネスの利幅が薄いゆえに技術・教育投資ができず,「人が育たない」という構造的な問題に喘いでいる。これは開発ベンダーにとって死活問題だ。まずなすべきは,開発ベンダー流の「カイゼン」「集団活動」を通して,個人の意欲を引き出し,知見・経験を共有し,結果として組織能力を高めること。経費をかけずに,組織を熱くし,企業の力を高められる。

曽根 幸男

 ここ数年,ソフトウエアに起因する大規模なシステム障害が繰り返し起きている。その原因はさまざまだが,底流にあるのは,開発を請け負った大手ソフト開発ベンダーにおけるソフトウエア開発能力の“空洞化”だ。大手ベンダーは開発案件を受注したら,開発作業の大部分を中小のソフト開発ベンダーへ下請けに出してしまう。こうした実態が大手ベンダーからソフトウエア開発能力を徐々に奪っている。

 一方,ソフトウエア開発で「縁の下の力持ち」という大きな役割を担っているにもかかわらず,中小ソフト開発ベンダーの経営状況はとても苦しい。大手ベンダーおよびその関係会社の場合,従業員1人当たりの年間売上高が2000万円を下らないのに対し,独立系の中小ベンダーでは1000万円未満の会社が大半だとみられる。

 2007年版 情報サービス産業基本統計調査のデータから推定するに,中小ベンダーの利益率は良くて2%未満。研究開発投資,教育投資はいずれも売上高の0.5%未満と考えられる。中小ベンダーでは,『従業員1人当たりの売上高が低い→利幅が薄い→技術・教育投資ができない→技術レベルやマネジメント・スキルが向上しない→企業能力が低迷する』というサイクルが,残念ながら定着していると考えている。中小開発ベンダーの弱体化は,IT業界全体にとっても地盤を揺るがす由々しき問題である。

日本企業が得意としてきた「カイゼン」に打開のヒントを得る

 一例を挙げよう。筆者が中小ベンダーに勤務して最初に手掛けた仕事は,まさに悪いサイクルを痛感させられるものだった。製造業向けシステム開発プロジェクトに「火消し役」として参画したのだが,システム・テストの段階になっても,一向にバグが収束する気配が見えなかった。ただひたすらテストを繰り返し,ひたすらテスト・データを解析し続けた。同じ問題が繰り返し発生しても,前進するためには人海戦術で一歩一歩進むしかなかった。苦しみを重ね,当初想定の数倍の期間と工数を費やして,ようやく終局を迎えた。

 このプロジェクトが泥沼に陥った原因は,発生した不具合の多さから見て,設計工程の不十分さにあると思われた。製造業向けのシステム開発では,製品の競争力を高めるために,開発途中で仕様が膨らんでいくケースが多い。そのような場面で「顧客を含めた全体の調整能力」が開発ベンダーにないと,開発量の増加に,あっと言う間に飲み込まれてしまう。

なぜ,設計工程で適切な手を打てなかったのか――。

 筆者は『技術・教育投資ができない→技術レベルやマネジメント・スキルが向上しない→企業能力が低迷する』という悪いサイクルが存在することを,感じずにはいられない。プロジェクト・メンバーは日々の開発作業に忙殺されて,自らのスキルアップのために必要な時間や機会に恵まれていない。メンバーがそんな状況を当たり前だと思うようになれば,スキルアップへの意欲も失ってしまう。そして,「将来の展望が持てない」と,優れた技術者が何人も会社を去っていくことになる。

 この経験から,中小のソフト開発ベンダーに今できることを考えた。ヒントになったのは,日本企業が得意としてきた「カイゼン」のような集団活動だ。中小のソフトウエア開発の現場で「カイゼン」を目的とした集団活動の例をほとんど聞いたことがなかったが,集団活動により「3人寄れば文殊の知恵」「組織としての能力を高める」といった効用が得られることを期待した。

 目指したことは,自分も会社も成長させたいと願う技術者の心意気を伸ばし,経費をかけず,組織を熱くし,企業の力を高めて行く,そんな想いの活動である。以下に,その実践例を紹介したい。