ドイツテレコムの子会社であるT-モバイルは海外の携帯電話事業者を買収しながら,全世界の加入者を増やしている。2008年に入ってギリシャの携帯電話事業者OTEの株式を20%買収したが,その狙いはギリシャ国内での事業拡大よりもOTEが持つ東欧諸国でのプレゼンス向上にあるものと推測されている。

(日経コミュニケーション)

 ドイツテレコムは業績の低迷や競争力の低下を受け,2007年3月から国内競争力の向上や海外移動体事業の強化などを柱とする「Focus, Fix and Grow」戦略に取り組んできた。取り組みが始まってから1年を経て,その進捗は道半ばではあるが一部でその効果も表れつつある。

○ドイツテレコムで比重が高まる海外/移動体事業

 ドイツテレコムの2007年度業績を見ると,海外事業の売上高が全体の50.9%(前年度は47.1%)に,移動体事業の売上高が54.5%(前年度は51.0%)にそれぞれ上昇した(図1図2)。これはドイツテレコムの業績に占める海外事業と移動体事業の比重が年々高まっていることを示している。

図1●ドイツテレコムのエリア別売り上げ比率
図1●ドイツテレコムのエリア別売り上げ比率
図2●ドイツテレコムの事業別売り上げ比率
図2●ドイツテレコムの事業別売り上げ比率

 T-モバイルは,ドイツ・テレコムが100%出資する移動体子会社T-モバイル・インターナショナルが100%出資しており,ドイツに加えて米国や英国などで事業を展開している。2007年12月時点で米国では2870万(前年比14.8%増)、英国では1730万(前年比2.4%増)の加入者をそれぞれ有している。

 海外移動体事業のエリア別売上高では米国が引き続き最大だった。ここにポーランドをはじめとする欧州諸国で大きな成長があったところが特徴である(図3)。

図3●ドイツ・テレコムの国別移動体売上高
図3●ドイツ・テレコムの国別移動体売上高

○オーストリア,ポーランド,オランダに次いでギリシャへ

 ドイツテレコムは海外移動体事業の強化のため,T-モバイルを通じて海外で事業者の買収を積極的に行ってきた。こうした取り組みが業績を押し上げる一因となった。

 ドイツテレコムは,2006年から2007年にかけてオーストリアのtele.ring,ポーランドのPTC,オランダのオレンジを買収して,当該国でのプレゼンスを拡大した。2008年3月にはギリシャのOTEの株式を20%取得することに合意したと発表した(表1)。ギリシャ政府が株式の28%を保有するOTEは,ルーマニアやセルビア,アルバニアなど東欧諸国の通信事業者を子会社に持つ(図4)。

表1●ドイツ・テレコムによる移動体事業者の買収
1ユーロ=160円,1ドル=103円で概算
表1●ドイツ・テレコムによる移動体事業者の買収

図4●OTE買収によるプレゼンス拡大効果
図4●OTE買収によるプレゼンス拡大効果

 こうした状況からドイツテレコムの狙いはギリシャ市場への進出よりも,OTEが持つ東欧諸国でのプレゼンス獲得にあるように見える。今後はOTEの株式を買い増す方向でギリシャ政府との協議を開始することになっている。市場が成熟してきた先進国から,大きな成長を見込める東欧諸国を重視する姿勢が一層鮮明になっていくものと考えられる。

○背景にあるドイツ国内の事業環境

 ドイツテレコム(T-モバイル)の2007年度の国内移動体事業は,加入者は前年度から14.5%増の3595万に達し,順調な伸びを見せた。その一方で通話料金や着信料金,ローミング料金の下落などにより,売上高が2.7%減少した(図3)。

 T-モバイルに対する値下げ圧力は今後も続くと見られ,この傾向が短期間で変わるとは考えにくい。国内移動体事業は今後も厳しい状況が続くものと推測できることが,ドイツテレコムが海外事業拡大を推進する要因の一つといえる。

○米国依存から東欧諸国を視野に

 ドイツテレコムの海外移動体事業の成長をこれまでけん引してきたのは米国であった。しかし,2007年度の数値を見ると成長が鈍化(2005年度から2006年度は14.6%の成長となった一方,2006年度から2007年度は3.3%の成長)している。

 米国でライバルとなるAT&Tモビリティやベライゾン・ワイヤレスは固定サービス(電話やブロードバンド,TVサービス)と携帯電話をバンドルするなど,様々なサービスをワンストップで提供し,総合通信事業者としての地位を固めつつある。こうしたサービスで,T-モバイルがライバル2社から水を開けられる可能性もある。これまで海外移動体事業の成長を牽引してきた米国でのポジションが次第に低下する可能性もあるわけだ。

 こうした中,欧州諸国へプレゼンスを拡大する一連の動きは米国の成長鈍化を補完するもので,ドイツテレコムの業績に寄与するものと言える。しかし成長を見込める諸国にはボーダフォンやフランス・テレコムなども進出しており,多くの事業者が注目する市場でもある。今後は同エリアにおける競争が一層激しくなると予想される。その行方を注視する必要があるだろう。

浦原 高志(うらはら たかし)
情報通信総合研究所 研究員
2000年NTT東日本入社。法人営業部を経て2005年より現職。主に欧米におけるICT分野全般の動向についての調査・研究に携わる。「Infocom移動・パーソナル通信ニューズレターT&S」(情総研・共著),「電気通信」(電気通信協会)などへ執筆。


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