慶應義塾大学大学院
メディアデザイン研究科教授
中村 伊知哉
25年ほど前。ニューメディア・ブームのころ、日本電信電話公社(サービス開始時はNTT)のINSにときめいた。それまでにないサービスを実現するものだった。高速ファクス、キャプテン、テレビ電話といった具体像を見せてくれた。それでも、技術先行の批判がつきまとい、「INS=いったい、何を、するの」と揶揄(やゆ)されていた。90年代初のマルチメディア・ブームも、パソコン通信や多チャンネル放送、携帯電話といった新しいサービスを実現するトレンドだととらえられていた。
これに対し、NGNは何か。ユーザーにとって何が実現されるものなのか。サービスが豊かになるのか。あるいは、爆発的なコストダウンがもたらされるのか。それが見えない。だから盛り上がらない。業界の内輪話の域を出ない。ニューメディアもマルチメディアも、業界だけでなく、役所も旗を振っていた。今回は それがない。もし国民にとって利益があって、経済にも寄与するものなら、 「NGN立国!」なんて文字が白書に躍っていてよいはずではないか。
IP化は自然の流れ
さきごろスペインの通信会社テレフォニカを訪れ、NGNへの対応を聞いた。反応が鈍い。「IP化? 当然のことだ。自然にそうなっていく。日本にはそれをことさら推進すべき理由があるのか。さては日本はネットワークが古いのか? BTががんばっているのは、人員がだぶついているので、IP化を進めて保守要員などを切ろうとしているからだ。日本もそうなのか」。
なるほど、そういう見方をするのか。通信業界のコストダウンといった内輪の問題がテーマだとすると、それによって料金が格段に下がるとか、新しいサービ スが生まれるとか、ユーザーにとってのメリットがわかりやすく示されない限り、 周りはなかなか乗りにくい。産業・社会を巻き込むトレンドに育たない。
NGNのサービス像として、セキュアな映像伝送が強調される。通信・放送融合やコンテンツ・ビジネスが主なターゲットになる。ならば、まずはコンテンツをどうそろえるのかが問われる。
通信・放送融合論はもう20年も政策論議が続いているが、日本は動きが鈍い。その理由として、放送業界やコンテンツホルダーの後ろ向き姿勢が元凶とされてきた。ところが、この1年で風が変わってきた。コンテンツ業界は新しい通信ネットワークでビジネスを広げたいと考え、積極姿勢を見せている。
最近の論調は、「通信・放送融合が進まないのは、通信業界やハードウエア産業がコンテンツに対し応分の資金負担をするつもりがないからだ」に変わっている。それは通信業界がコンテンツにどれだけコストをかけ、リスクを取るつもりか、という問いでもある。NGNは、これを覆し、コンテンツ・ビジネスのプラットフォームとして立ち上がることができるだろうか。
法体系やNTTの再々編も含めて検討すべき
ネットワークのIP統合化は、通信・放送法体系の論議とリンクしている。政府で審議中の「情報通信法」構想は、オールIP時代を展望して設計することとされている。日本はIPによる融合ネットワークがきちんと整備され、通信・放送の枠組みを超えた新しいレイヤー別の法体系に移るべきなのか。あるいは現行の縦割りスキームを続けていく方がふさわしいか。NGNの立ち上がりが将来の法的スキームにも影響を及ぼす。
これは 無論、NTTの再々編論議とも関係してくる。そもそも大きな産業分野に特殊法人が居続けているのは不自然なことだ。できるだけ早期に完全民営化することが望ましい。NTTにとっても規制のくびきから逃れることが望ましい。
その条件は何なのか。NGNが整備され、アナログ放送停止後の周波数帯の使い道が決まり、有線・無線ともにデジタル化・IP化が進展する。その場合のインフラとサービスの担い手はどういう姿になるべきか。まずその答えはNTTグループがどうありたいか、NGNの展開を通じて自らの答えを提示するところから始まるだろう。
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