2008年3月,デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムという団体が,インターネットにおけるデジタル・コンテンツの円滑な流通を促進するという観点から,特別立法としての「ネット法(仮称)」(以下,単に「ネット法」とする)の骨子をまとめ,政策提言を行いました。デジタル・コンテンツの流通促進については,政府の知的財産戦略本部なども重要施策として取り上げているものです(注1)。総論として,「デジタル・コンテンツの流通促進」自体に反対する人はほとんどいないと思われます。

 デジタル・コンテンツの流通促進については,本コラムで以前紹介した「文化審議会の著作権分科会法制問題小委員会の平成19年度の中間まとめ」(注2)でも取り上げられています。同中間まとめでは,デジタル・コンテンツに着目した特別法の制定の是非をとりあえず棚上げにして,著作権法に関する提案を検討すべきであるという判断でした。流通促進のための著作権法改正自体にも,どちらかというと消極的な立場です。これに対して,ネット法は特別法を制定して流通促進を図る立場ということになります。

権利処理負担がコンテンツの流通を妨げると指摘

 特別法を制定するといっても,様々な立場があり得ます。まず,ネット法がどのような形で流通促進を図ろうとしているのかを見てみましょう。ネット法の政策提言,ネット法の構想の詳細については,デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムのサイトで参照することができます。

 同フォーラムは,デジタル・コンテンツ配信サービスが日本で普及しない要因として,

  1. 権利処理作業の負担が大きい(最大の問題)
  2. 違法コピー等不正使用行為への対策が不十分である

という現状認識を示しています。

 特に最大の問題であるとする権利処理作業の負担については,以下のように指摘しています。

・過去に作成されたテレビ番組等をインターネット上で配信しようとする場合,著作権者・著作隣接権者(原作者,番組製作会社,役者等)から,複製権,公衆送信権ないし送信可能化権,著作者人格権・実演家人格権などについていちいち許諾を取得する必要がある。
・画面背景にたまたま写り込んだ人物の肖像権についての取り扱いが不明瞭(写り込み問題)。

 権利処理作業の負担がコンテンツ流通促進の阻害要因の一つであることには,それほど異論はないと思います(最大の要因かどうかは別として)。そして,その現状や課題を解決する方法として,フォーラムでは次のような特別法を制定し,解決を図るとしています(同フォーラム「ネット法の構想(PDF)」より)。

1.「ネット権」の創設
○インターネット上の流通に限定した,デジタル・コンテンツの使用権(「ネット権」)を創設する。
○ネット権は,2.の収益の公正な配分を実現する見地から,その能力を有すると考えられる者のみに付与する。
○ネット権の対象は,現行の著作権法制度の仕組みから余りに乖離しないように,さしあたり,映画,放送,音楽とする。
2.収益の公正な配分の義務化
○ネット権を付与された者は,ネット権の創設により権利行使が制限される権利者に対し,公正な利益の配分を義務づける。 3.フェア・ユースの規定化
○インターネット上で流通するデジタル・コンテンツについては,法文に規定された個別の権利制限事由(私的使用など権利者の権利が例外的に制限される場合)に該当しなくとも,「公正な使用(フェア・ユース)」であれば許諾なくして使用可能となる。

 ここで提言されている内容の一つ目の特徴は,「デジタル・コンテンツ」という権利対象に着目するのではなく,インターネット上の流通に着目しているところです。「使用権」ということなので,使用権者は報酬請求権だけでなく許諾権(コンテンツの使用の可否を決定できる権利)を持つことになります。

 二つ目の特徴は,上記引用部分では明確になっていませんが,「能力を有すると考えられる者」(ネット権者)として,「映画については映画製作者」,「放送については放送事業者」,「音楽についてはレコード製作者」を想定していることです(同フォーラムの政策提言3ページ末)。つまり,従来の著作権者等,あるいは著作権者等の代理人的な立場の者とは別の主体に,許諾権を新たに与えるところに特徴があります。これには,ネット流通に関する許諾権者を一本化して,権利処理の作業負担を軽減しようという狙いがあります。

 三つ目の特徴としては,映画,放送,音楽のみを対象としていることです。ただし,「さしあたり,既存のコンテンツのインターネット上での二次利用を促進する観点から,ネット法の対象となるデジタル・コンテンツは,現行の著作権法制度の仕組みから余りに乖離(かいり)しないように,映像,音声等とする」(政策提言より)とありますから,この制限は本質的な問題ではないでしょう。また,著作物だけでなく,肖像権等もその対象としているところが特徴です。

権利行使制限の代償として収益の配分を義務付ける

 ネット権の内容は,「ネット権者は,映画の製作,レコードの録音,放送についての同意を得ている場合には,1.インターネット上(のみ)でのデジタル・コンテンツの流通のため,当該デジタル・コンテンツを流通させるため複製,譲渡その他の使用を行う権利,2.前掲1の使用を他の者に行わせることを許諾する権利を専有する」(政策提言より)と想定されています。

 もちろん,現状でも著作権者等の許諾があればネットでのコンテンツ送信は可能です。しかし,ネット権の創設により,映画の製作,レコードの録音といった一部の権利者の承諾により,それ以外の権利者等の許諾を得ずにネットでの送信等が可能になり,権利許諾の手間が省けることになります。

 そして「2.収益の公正な分配の義務化」は,ネット権で,本来の権利者等の権利行使が制限されることに対する代償として,ネット権者に対し収益の配分を法的に義務付けるものです。「公正な分配」は,「著作権等管理事業者としてのJASRACのような団体を(1つでなく,2つか3つ)複数設け,それらの団体に(かつてのJASRAC のように)ガイドラインやルールを作成・提案させることを通じて,各当事者間の意見を調整,集約させるものとすることが考えられる」(政策提言より)としています。

 続く「3.フェア・ユースの規定化」は,権利者の権利行使の制限事由を広げ,権利者の許諾なしにネット上のデジタル・コンテンツを利用できるようにしようというものです。「使用目的やコンテンツの性格等に鑑み,その使用が公正であるといえる場合(いわゆる「フェア・ユース」=「公正な使用」の場合)には,適法に使用が可能であることを明記する」(政策提言より)ことを提言しています。

 日本の著作権法では,私的使用(著作権法30条)などのように,個別に権利制限規定が設けられています。これに付加して,一般規定として権利制限の根拠となる規定を設けるということです。ちなみに米国では,判例法理としてフェアユースの理論が形成されており(注3),権利制限規定に対する法改正を待たずに裁判所が権利行使制限の範囲を判断することが可能になっています。

 ネット法構想の提言は,さまざまな議論を引き起こしました。次回は,この構想の賛否についての主要な考え方を紹介したいと思います。

(注1)知財戦略本部で決定された「知的財産推進計画2007」では,「デジタル化・ネットワーク化の特質に応じて,著作権等の保護や利用の在り方に関する新たな法制度や契約ルール,国際的枠組みについて2007年度中に検討し,最先端のデジタルコンテンツの流通を促進する法制度等を2年以内に整備することにより,クリエーターへの還元を進め,創作活動の活性化を図る」という方針が掲げられています
(注2)平成19年度著作権法改正の動向(1)消極的過ぎる「デジタルコンテンツ流通促進法制」へのスタンス
(注3)米国著作権法107条にフェアユースは規定されていますが,判例法理を修正する規定ではないようです(白鳥綱重アメリカ著作権法入門209頁)

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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。