筆者は大阪生まれの大阪育ち。自治体の経営改革を専門とする。縁あって2005年から3年間、大阪市役所の改革にかかわった(改革会議委員長など)。さらにこの4月からは特別顧問として大阪府改革に助言する。本シリーズでは橋下改革の意義を解説したい(なお言うまでもないがあくまで筆者個人の見解であり、大阪府庁や知事の見解ではない)。

「休日返信不要」のメールとリーダーシップ

 週末になると知事から「休日返信不要」というタイトルのメールが大量に幹部に送られる。発信時間は深夜や早朝がほとんど。内容は、商店街振興、公営住宅、文化政策、人事制度改革、市町村との関係など幅広い。私が見るものは幹部とのやり取りの中でもCCで送られる一部だけだ。だがこれまで見たものは全て政策の本質に根ざした侃侃諤諤の議論だった。

 驚くのは知事の質問に対する幹部の真摯な回答ぶり、そして代替案の提案が出てくるスピードの速さである。知事の質問は極めてストレートだ。例えば「なぜ府庁は公営住宅を建て続ける必要があるのか?民間に任せられないのか」といった質問。府民(素人)の素朴な疑問の上に個人事務所を切り盛りしてきた経営者の視点を重ね合わせて切り込む。

 幹部からの返事は「国の法律、予算制度上の制約で、そんなに単純にはいきません」というものが多い。だが同時に「法の制約の中でも最大限こういう努力をした」「知事がOKなら実はすぐにでもこうしたい」といった具体アイデアも多い。全体には極めて前向きなやりとりだ。中には「あそこでこういうプロジェクトができれば府民に喜んでもらえる」といった若手職員の熱い想いの知事宛メール(匿名処理済み)も転送される。深夜、早朝のこうしたメールのやり取りからは、「今、この時期にこそ大阪府を改革したい」という職員の切羽詰まった想いが伝わってくる。

 新聞報道の通り各部は予算案の削減には抵抗している。だがメールのやり取りを見る限り、政策の抜本的な見直しには前向きだ。これまで感じていた制度・慣行のおかしさを知事が発掘してくれるのを待ち望む様子も窺える。就任からわずか3カ月。本質に根ざした本音の議論を庁内に沸き起こした知事のリーダーシップは特筆に値する。

地元で圧倒的支持率

 橋下知事は対抗馬にダブルスコアの差をつけて当選した。その後の世論調査でも支持率は8割前後を維持する。筆者は毎週大阪に行く。世間話にかこつけて喫茶店店主やタクシー運転手の反応を聞く。橋下改革への評価は一様に高い。選挙前にアンチ橋下だった人たちも就任後の仕事ぶりは誉める。最も評価が高いのは「おかしいものはおかしい」と率直に言う姿勢である。そして現場を歩き土日返上で仕事をする一生懸命の姿が共感を呼ぶ。庁内や市町村の公務員の期待も高い。「あれくらい激しい予算削減案をぶち上げないと絶対に大阪では改革は無理」と彼らは口をそろえる。本音では大賛成なのである。

 これに対し市町村長、財界人、そして学者など専門家の評価は必ずしも高くない。特に東京のエリート層は「あれはポピュリズム」「4年間持たない。いずれ投げ出す」「タレントに何ができるか」と冷淡だ。大阪の新聞紙面もおしなべて批判的だ。1100億円の予算削減案や施設の統廃合に対する懸念や各種団体が反発しているといった記事が多い。

改革派のニュータイプ

 筆者はこれまで数多くの改革派首長と仕事をしてきた。北川(三重)、増田(岩手)、嘉田(滋賀)、田中(長野)等の改革に参加し、あるいは真近で見てきた。

 橋下氏の改革はこうした改革派知事の実績を超えるおそらく全く新しいタイプのものだ。

 これまでの改革は行政改革にとどまった。多くは「不祥事の情報公開」「評価制度」「マニフェスト」などを駆使した庁内改革、つまり行政改革だった。いずれも行政改革としては斬新だった。だが市町村や住民を巻き込み、地域の将来のビジョンを書き換える域には達しなかった。

 一方、今回の橋下改革のスケールは大きい。日本第2の都市、大阪のビジネスモデル、統治構造を根底から変えようという意思が見える。例えば知事はすでに「府庁の発展的解消」「市町村向けの補助金は使途を決めずに渡す方針に変える」といった方針を表明している。橋下改革は、(1)財政再建、(2)府庁改革、(3)政策創造、の3つから構成される。1100億円の予算削減はそのうちの(1)の皮切りに過ぎない。削減の一方で御堂筋のイルミネーションや近代建築を生かした街づくりなどの構想を知事自らがぶち上げる。

 新聞紙面は、連日1100億円の予算削減の報道に明け暮れる。だが知事の週末メールは早くも「府庁のあり方」「市町村への権限委譲」「個々の政策のイノベーション」そして「都市ビジョン」にシフトしている。したたかというべきか、ニュータイプと評すべきか。予算削減のショックで既成の秩序を混沌にぶち込み、そこから地域再生へのうねりを作っていく。作戦のセンスのよさは天性のものだろう。

「難治の土地」が動き出した

 国の官僚はこれまで大阪を「難治の土地」と呼んできた。住民は反権力、反中央志向で役所の言うことをきかない。各自が自分勝手で財界もばらばらである。選挙の投票率が低く、有力な政治家が生まれない。日本第2の都市でありながら全体を動かすすべが見えない。衰退の一方で改革は難しい土地だった。おまけに全体をコントロールすべき府庁が弱体だった。権限も予算も巨大政令指定都市の大阪市に奪われ、おまけに財政破綻していた。

 「そんなところの知事を誰がいったい好き好んで引き受けるのか。あの府庁や大阪を改革するのは不可能」これが政治・行政ののプロの見方だった。筆者もこの3年、大阪市の改革に参加し、「難治の土地」の意味を痛感した。「大阪市も大阪府も破綻してどうしようもなくなってからの改革しかない」と半分あきらめていた。

 そこに突如、橋下知事が登場し、ついに大阪が動き出した。橋下知事は混沌の怒涛を自ら作り出し、その真ん中で叫び、笑い、時には涙すら見せる。それでいてクールで、「知事は独裁者。自分は危険な存在だと思う」と分析する。この若い知事に大阪の未来を託してみたいと思う府民が増えつつある。(次回「その2」は改革の中身について)。

上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。『だから、改革は成功する』『新・行財政構造改革工程表』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。