エノテック・コンサルティングCEO 米AZCAマネージング・ディレクタ 海部 美知 |
「日本でディズニーがMVNOサービスを開始」というニュースに,米国の通信業界関係者は一様に首をかしげる。米ディズニー・モバイルは,2006年6月に鳴り物入りでサービスを開始したが,加入者が伸びず,半年でやめてしまった。あれほど派手に失敗したサービスをなぜまた始めるのか──と,米国では誰もが思うのだ。
新型MVNOの挑戦と挫折
米国では,アナログ携帯電話時代以来,MVNO(mobile virtual network operator)には長い歴史がある。しかし,それは常にニッチ市場に生息してきた。米国の携帯電話事業者は,加入を申し込んだ顧客の信用調査を行い,「信用度の低い」(サブプライム)顧客の加入を認めない。そうした顧客のうち,携帯電話サービスを使いたい一部にプリペイド・サービスを提供するのが,米国でのMVNOの役回りである。
その後,「ブランド」と「コンテンツ」を重視したメジャー路線の新型MVNOが登場し始めた。その代表例が前述のディズニー・モバイルと米ESPN(スポーツ専門のCATVネットワーク)だった。
しかし,ディズニーが狙った「ファミリー」,ESPNの「大人の男性」は,いずれも既に大手携帯電話事業者のサービスを使っている。他に選択肢のない低信用度ユーザーならともかく,既存の大手事業者からユーザーを引きはがすのは難しかった。そもそもMVNOによる新規参入は利益のマージン幅が狭く,圧倒的に不利である。
幹線系ネットワークのリセールでは,卸で供給できる帯域も豊富で安価なため,リセラーの利幅も確保しやすい。これに比べ携帯電話では,周波数の制約のため卸供給が限定され,利幅が小さくなる傾向にある。また最大の付加価値である「端末」は,顧客の少ない新規事業者では調達コストが高くなる。こうした不利な点に加え,販売網や料金回収など,あらゆる面での経験不足もMVNOに追い討ちをかけた。
MVNOバブルの崩壊
こうして,2006年後半から2007年にかけて米国では「MVNOバブル崩壊」が起こり,サブプライム向け以外の新型MVNOはほぼ壊滅した。現在,米国最大のMVNOは加入者数700万人(RCR Wireless Newsの調査による2007年の値)のトラックフォンだが,移民や低所得層などを対象とした「永遠のニッチ」である。
欧州では,EUのガイドラインによってMVNOへの卸売りが「義務化」または「強く奨励」されており,MVNOの参入は容易である。しかし,多くは単なる低料金を武器にした小さな事業者や,大手事業者が規制逃れのために提供している「言い訳MVNO」にすぎない。最大かつ唯一の成功例である英ヴァージン・モバイルですら,最近では加入者数が減少している。
欧米でのMVNOは,サブプライム層向けのサービス提供という点で一定の役割を果たしているものの,サービスや料金の多様化に貢献しているとは言いがたい。日本でも,MVNOに過剰な期待は持たない方がいいだろう。
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