技術(テクノロジー)とは何か、教えてもらった記憶があるだろうか。技術史を専攻しない限り、たとえ技術者の方であっても、学校で習っていない可能性が大きい。この問題を指摘するコラムを2003年7月22日、日経ビジネスEXPRESS(現・日経ビジネスオンライン)に書いた。公開時の題名は『円周率を「3」にしてしまう日本の教育と「技術リテラシー」』であったが、「円周率の話と技術リテラシーは関係ない」という指摘を読者から受けたので、再掲するにあたって題名を付け替えた。

 本文は2003年に公開したままである。今読み直すと、「一方的に米国を賞賛するのは好ましくないが、技術教育については米国の方がはるかに優れていると言わざるをえない」という一文がひっかかる。正しくは、「技術教育を見直そうとする取り組みについては米国の方がはるかに優れていると言わざるをえない」と書くべきであった。米国が下記のような取り組みをしているのは、技術教育に問題があると認識しているからで、それなら米国の方が優れているとは断言できない。

 以下の記事の続編を、「最期の教え」というコーナーに公開した(『桜井宏氏 「社会教養としての技術」の重要性を訴える』)。桜井氏は筆者に、技術リテラシーというテーマを教えて下さった方である。

(谷島 宣之=経営とITサイト編集長)

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 「IT(情報技術)リテラシー」と聞くと、ほとんどの人はパソコンを操作する能力を思い浮かべるのではないか。パソコンが使えること自体は結構だが、それだけで経営に役立つわけではない。むしろ情報システム全体の仕組みを理解し、そこから出てくる情報を経営に生かす能力の方がはるかに重要である。

 「リテラシー」とは、読み書きができる能力を指す。これにITに関する言葉をつけた言い回しはかなり以前からあった。ちょっと前はコンピューターリテラシーと言ったりした。

 多くの経営者やビジネスパーソンにとっては、企業全体を支える情報システムの方が、パソコンよりも重要なITだろう。だが、情報システムは仕事で必要な情報を作り出す仕組みに過ぎない。一番大事なことは、情報から意味を読みとって経営判断をしたり、仕事を改善していける能力である。この力があって初めて、コンピューターを使いこなしたと言える。

 「コンピューターなんかに経営ができるか」という経営トップがいたとしたら、その発言の半分は正しい。より正確な表現は、「コンピューターだけでは経営できない」である。

技術を使用・管理・評価する能力を習得させる米国

 ITリテラシー即パソコン操作といった誤解と似ているのが、「技術リテラシー」を巡る日本の教育方針である。技術リテラシーという言葉はなじみがないかもしれない。英語では、「テクノロジカルリテラシー」と呼ぶ。

 米国のInternational Technology Education Association(ITEA、国際技術教育学会)は、テクノロジカルリテラシーを次のように定義している。「技術を使用し、管理し、理解し、評価する能力」。つまり技術そのものに習熟するというよりも、「技術を使いこなせる」能力を指している。

 ちなみにITEAは、『Standards for Technological Literacy』という書籍を出している(邦訳は『国際競争力を高めるアメリカの教育戦略』、教育開発研究所)。これは、米国の幼稚園から高校卒業までの「一般教育」で教えるべき技術教育内容をまとめたものである。

 ここで注目すべきは、米国では「技術を使用し、管理し、理解し、評価する能力」をすべての国民に身につけさせようとしていることだ。

 小中高校時代を振り返っていただきたい。そうした能力について習ったことがおありだろうか。

 『Standards for Technological Literacy』を翻訳した桜井宏氏によると、この本の大部分を占める内容こそ、日本の技術教育に足りない内容という。詳しくは邦訳をお読みいただきたいが、例えば、「技術と科学との違い」「技術の本質はデザイン(設計)にある」「デザインとは相反する複数の要求あるいは制約のバランスをとっていくこと」などが教えられるという。そしてITやエネルギー、医療、バイオといった領域を例にとり、各分野における技術やシステムの構造を説明している。繰り返すが、このような内容を読者の方は習っただろうか。

 面白いことに、『Standards for Technological Literacy』には、パソコンの使い方はまったく入っていない。技術リテラシーとパソコン操作はまったく別のことだからである。

子供の時から技術管理を習った経営者との差は歴然

 一方的に米国を賞賛するのは好ましくないが、技術教育については米国の方がはるかに優れていると言わざるをえない。何しろ我が国の学校教育では、円周率を「3」にしてしまったくらいである。そのくせ、パソコン操作だけは無理やり教えようとしている。

 イノベーションを起こすためには、経営者自身がテクノロジカルリテラシーを身につけ、技術を使用し、管理し、理解し、評価しなければならないはずだ。子供の時から習ってきた経営者と、経営者になってから突然、技術マネジメントに直面する経営者。どちらが強いかは自明の理である。