「HSDPAをデジタル・サイネージで使うことで,今までは流したきりだった広告映像をもう少し状況に応じたものにできる」。通信モジュールを販売するシーメンスの山田茂晴ワイヤレスモジュール室長は,3.5Gサービスの可能性をこう述べる。
今やエレベータ,自動販売機など数多くの機器にモニターが搭載され,その上に動画像による広告などが流れている。これらは有線回線を敷設しにくい場所にあるものが多い。そのため動画像データは携帯電話の技術を活用した通信モジュールを使ってダウンロードされるものがある。3.5G対応になれば,例えば「映像のダウンロード時間が短くなるので,天候に合わせた広告映像をタイムリーに配信するといったことが可能になる」(山田室長)。
3.5Gの高速モバイル・データ通信は,デジタル・サイネージだけでなく,遠隔医療システム,「PND」(携帯型カーナビ),携帯型ゲームといった分野で内蔵が進むと期待されている(図1)。いずれも利用場所の制約などから有線の通信回線が使いにくく,かつ高速な通信速度を求められるデバイスへの搭載である。3.5Gの高速モバイル・データ通信が様々な機器やシステムと組み合わされることで,新規の用途やサービスなどが生まれつつあるのだ。市場規模も大きい。国内で使われている通信モジュールは「2007年末で230万台だった。これが2012年には1100万台に伸びるという予測がある」(KDDIの増田モジュール営業開発部長)。
図1●高速化によってモバイル・データ通信の利用シーンが拡大する 写真はシーメンスのHSDPA通信モジュール。外形寸法は34×50mm。 [画像のクリックで拡大表示] |
HSDPAならMPEG-2の映像が送れる
3.5Gによって新たな可能性が広がる分野が遠隔医療システムだ。これまでにもW-CDMAなどを使うシステムが実用化されてきたが,通信速度がさらに高速になれば,今よりも高度なシステムを実現可能だ。例えば,「HSDPAの7.2Mビット/秒の速度ならMPEG-2の医療映像を送れるようになる」(日本エリクソンの山本端末担当主幹)。高精細の医療映像を手軽に送受信できれば,遠隔医療による過疎地の診療などを促進すると期待できる。
なお,遠隔医療システムや遠隔監視カメラでは,映像のアップロード速度も重要になる。現在のHSDPAサービスの384kビット/秒程度の上り速度では,動画を大量に送信するにはやや不十分だ。この点は「今後登場するHSUPAのサービスに期待している」(ネクストマジックの萩原社長)。
もう一つ大きな分野は自動車である。車載端末などに携帯電話の通信モジュールを組み込んで,ハンズフリー電話やコンテンツ配信,緊急通報,盗難防止といった用途に使うことを「テレマティクス」と呼ぶ。また,ヨーロッパではPND向けのテレマティクスも登場している。
現在,代表的なテレマティクス・サービスは,トヨタ自動車が運営する「G-BOOK」や米ゼネラルモーターズ系の「OnStar」などだ。G-BOOKではKDDIの携帯電話網経由で最新の地図や渋滞情報,音楽などのコンテンツ配信を利用できる。今後,通信速度の高速化が進めば,テレマティクス向けのコンテンツ配信サービスがさらに伸びていくだろう。
他にも,工作機械の遠隔操作によるファームウエアのアップデートや,ログ情報の送信といった分野で,大容量のファイルを送受信できる3.5Gサービスの特徴が生きてくる。
指紋認証などの応答時間を7分の1に短縮
大容量のデータを頻繁に扱うことはないが,高速になることでメリットが生まれる分野もある。店舗のレジなどに置く携帯電話網を使う指紋認証やクレジット・カードの認証システムである。具体的には,「GSMだと応答時間が700ミリ秒だったが,HSDPAでは100ミリ秒に短縮される」(シーメンスの山田ワイヤレスモジュール室長)という。1回当たりの認証時間を短縮できれば,それだけ多くの処理をさばける。
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