WANの“ワイヤレス化”元年──。2008年はこんな年になりそうだ。3.5Gサービスを企業ネットワークで活用する環境が着々と整ってきているからだ。

 現在,イー・モバイルの「EMモバイルブロードバンド」やNTTドコモの「定額データプランHIGH-SPEED」といったHSDPAサービスでは,1Mビット/秒以上の実効速度を利用できる可能性が高い。1Mビット/秒と言えばADSLに匹敵する速度だ。これだけの実効速度があれば,モバイル用途だけではなく,企業ネットワーク内の拠点間通信で使うアクセス回線として採用できる。

 企業ネットワークで3.5Gサービスを使うとなれば,専用の機器やソリューションが必要だ。既に「ワイヤレス・ルーター」と呼ばれる製品が登場している。また,IIJなどのネットワーク・インテグレータはセキュリティ対策など3.5Gサービス用の各種企業向けソリューションを準備し始めている。

100台超のHSDPAルーターを使う事例も

 大型の導入事例も出てきている。多くの拠点を持つある大手企業は,5月の稼働に向けてイー・モバイルのHSDPAサービスをフル活用する企業ネットワークを構築中だ。このネットワークでは計100台以上のワイヤレス・ルーターを利用する(図1)。ワイヤレス・ルーターはHSDPAサービスとLANをつなぐ機器だ。導入する機種はNTTデータと古河電気工業が共同開発した「F140D」。イー・モバイルのPCカード型データ通信カードを差し込んで使う。

図1●小規模拠点では3.5Gのモバイル・データ通信を主回線として使える
図1●小規模拠点では3.5Gのモバイル・データ通信を主回線として使える
ある大手企業は図のようなネットワークを現在構築中であるという。
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 興味深いのは,同ネットワークでは小規模拠点で有線WANサービスを一切使用せず,イー・モバイルの回線だけを利用する点だ。これは1Mビット/秒以上の実効速度を期待できるからこそ採用できた思い切った設計と言える。有線WANを導入する必要がないので,ビルのオーナーとの交渉やWAN回線の導入工事といった,これまで必要だった作業が不要になることも大きなメリットだ。

 もちろん,ワイヤレスならではの留意点はある。拠点によっては電波が届かない,または十分な速度が出ない可能性がある。事前のチェックは欠かせない。とはいっても,全拠点に赴いて電波状況を調べる必要はない。携帯電話事業者は電波強度のシミュレータを持っており,事前に各拠点の電波強度を計算してもらうことが可能だ。

「有線+無線」の方が信頼性は高い

 小規模拠点だけではなく,中規模以上の拠点でも3.5Gサービスは有効に使える。バックアップ回線として活用すれば,ネットワークの信頼性を高められる。主回線とバックアップ回線の両方を有線にするよりも,無線を組み合わせた方が「キャリア・ダイバシティ」が高まり,リスク分散になるのである。

 これまでの企業ネットワークでは主回線が広域イーサネットやIP-VPNで副回線がBフレッツといった組み合わせが多かった。しかし,広域イーサネットやIP-VPNの光ファイバとBフレッツは,回線の引き込みルートが同じである場合が多いという。「引き込みルートで事故があると両方とも切れてしまう。バックアップがワイヤレスであればこのようなリスクはなくなる」(前述のワイヤレス・ルーターを使うネットワークの設計を手がけるNTTデータ法人ビジネス事業本部の松田次博ネットワーク企画ビジネスユニット長)。

 なお,3.5Gサービスの利用開始後に拠点の近くにビルなどができて電波状況が悪化し,実効速度が低下する可能性はゼロではない。この点に関しては注意が必要だ。ネットワークの構築・運用をネットワーク・インテグレータに依頼する場合であれば,実効速度低下時の対策に関するSLAをネットワーク・インテグレータとの間で結んでおくべきだろう。

3.5G対応の無線ルーターで用途広がる

 3.5Gサービスを使うネットワークの中では,ワイヤレス・ルーターが果たす役割は大きい(表1)。実はこのワイヤレス・ルーターという製品ジャンルは以前から存在していた。だが,従来の製品はPHSや最大伝送速度が384kビット/秒のW-CDMAといったナローバンドのサービスを使っていたので用途が限られ,一部のユーザー向けの機器という印象が否めなかった。

表1●定額の3.5Gデータ通信サービスに対応する主なワイヤレス・ルーター製品
ワイヤレス・ルーターはモバイル・ルーターとも呼ばれる。
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表1●定額の3.5Gデータ通信サービスに対応する主なワイヤレス・ルーター製品

 しかし,メガクラスの実効速度が見込めるようになったことで,ワイヤレス・ルーターは今後多くの場面で使われることになりそうだ。3.5Gサービスを拠点間通信で使う際の必須機器であるほか,様々な利用シーンがある。

写真1●ネクストマジックのCOOLSPOT2.0
写真1●ネクストマジックのCOOLSPOT2.0
イー・モバイルのHSDPA通信カードと無線LANカードを同時に使える。HSDPAと無線LANの接続が可能。

 例えば,ワイヤレス・ルーター「COOLSPOT」を開発するネクストマジックの萩原州社長は,「学会やイベントの会場などに短期間だけインターネット環境を用意したい場合に使える」と説明する。ワイヤレス・ルーターにはHSDPAと無線LANの両方に対応し,HSDPAと無線LANを接続する製品がある(写真1)。このような機器を用いると,電源さえ確保できれば,どこにでも手軽に無線LAN経由のインターネット接続環境を整えられる。工事現場などの一時的な拠点でも有用な機器になる。

 ワイヤレス・ルーター「Rooster-VMII」を開発するサンコミュニケーションズの森田栄 流通営業課マネージャーは,「産業装置や遠隔カメラに接続して収集したログや映像を送信するといった用途がある。3.5Gになって高速化すれば,今後さらに積極的な使い方が生まれるだろう」と語る。

 国内では3.5Gサービスをサポートするワイヤレス・ルーターを,前述のNTTデータやネクストマジック,サンコミュニケーションズなどの数社が発売,または発売予定だ。海外でもマレーシアのフィフス・メディア社が「AXIA HSDPA Communications Server」という製品を発売している。これは独シーメンス製のGSM/HSDPA通信モジュールを内蔵し,無線LANアクセス・ポイントやSIPサーバー,プリント・サーバーなどの機能も備えるユニークな製品である。

MVNOが企業向けメニューを追加

 企業ネットワークで3.5Gサービスを活用するにはワイヤレス・ルーター以外にも,各種のソリューションが欠かせない。特にセキュリティや管理ソリューションが重要だ。

 この分野にいち早く着手するのがIIJである。IIJはNTTドコモとイー・モバイルのMVNOとして企業向けに特化したHSDPAサービス「IIJモバイル」を提供。同時に,ユーザーがアクセスできるWebサイトを限定する「接続先限定」オプションや,リモートアクセスVPN用のゲートウエイ機器を24時間365日体制で遠隔監視するなどのオプション・サービスを用意している(図2)。

図2●IIJが「IIJモバイル」で用意するセキュリティのオプション
図2●IIJが「IIJモバイル」で用意するセキュリティのオプション
VPNやWebサイトの接続先を限定するサービスなどを提供する。
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 IIJは,自社開発のワイヤレス・ルーター「SEIL/X1」とIIJモバイル,そしてIIJのネットワーク遠隔管理システム「SMF」を組み合わせたソリューションも準備中だ。このソリューションを使えば,「ユーザー企業の各拠点で行う作業はSEIL/X1を電源につなぐだけ」(IIJの丸山孝一 営業本部副本部長)。後の設定・管理はすべてセンター側からIIJモバイル経由の遠隔操作で実施できるようになり,ワイヤレス・ルーターの利用のハードルを大幅に下げる。