4月19日(土)の朝,遅く起きてなにげなくテレビをつけると,懐かしい人が画面に映っていて,おもわず見入ってしまった。

 西丸震哉氏。大正生まれの登山家で,「食」と人間の行動様式を研究する「食生態学」という学問を提唱した方である。食糧問題や環境汚染の危機を訴え,「41歳寿命説」を唱えて注目を浴びた。筆者は30年ほど前の学生時代に山登りをしていたので,西丸氏の書く山行記や随筆をよく読んだ。山頂を目指すというより,道なき道を,沢や湿地帯を渉猟し,植物や動物や昆虫の生態に触れ,気ままに山の中でごろ寝(ビバーク)するようなスタイルに憧れたものであった。

江戸時代の生活を再現

 その西丸氏が黒々とした髪の毛で若いので驚いてみていると,それもそのはず,「NHKアーカイブス」という昔の番組で,1980年に放送されたものなのであった。タイトルは「ルポルタージュにっぽん 一日江戸時代~わが省資源論~」。

 途中からみたのでどこの町だか不明だが,ある町で1日だけ,電気もクルマもなく,江戸時代の庶民がしていたような生活を疑似体験するというイベントがあり,それを西丸氏がレポートするという趣向である。取材の趣旨について,西丸氏はカメラに向かってこう語った。「わたしはこれまで,ニューギニアの探検やら冒険やらを色々してきましたが,この現代文明の生活パターンを否定してみようという『一日江戸時代』の試みは集団による現代の冒険であり,探検だと思います」。

 「なんと大袈裟な」と苦笑しながら見ていると,夜になりカメラは暗い家の中に入った。西丸氏は,ろうそくの灯の下で,近くで採れた山菜などをおかずに食事をしている子供にインタビューする。「美味しい?」。「・・・毎日は嫌だ」。「じゃあ,何が好きなの?」。「お肉とかサラダとか魚とか・・・」。そして西丸氏は,「80年代にもこういうものしか食べれないときが来る。その時になってあわてないように今から慣れていた方が幸せだよ」と子供に説くのであった。

あんどんが生む「化け物」

 1980年の番組が終わり,画面は現代のスタジオに移った。若手落語家・林家いっ平氏と江戸時代に詳しい作家・石川英輔氏の二人が登場し,番組を見た感想などを語り始める。特に,石川氏が,江戸時代がいかにモノを節約したエコ社会であったかについて熱く語った。

 「一日江戸時代」の疑似体験ではろうそくを使っていたが,実は江戸時代ではろうそくは贅沢品で庶民は綿実油や菜種油,イワシの油などを燃料にしたあんどんで生活していたのだと石川氏は言う。「早起きは3文の徳」という諺があるが,これは早起きをするということは早寝をすることにつながるので,あんどんの油を3文ほど節約できるという意味なのだそうだ。

 スタジオにはあんどんが運び込まれ,その弱々しい光が再現された。スタジオの照明を消すと,江戸時代の人々はこんな暗い夜を過ごしていたのか,と思うほど暗闇の中で障子越しにほんのり明るくなる程度だ。60W電球の1/50~1/100程度の明るさだという。それでも,暗闇に眼が慣れればそこそこ明るく感じるものなのだそうだ。

 出演者の一人があんどんに顔を近づけるとシルエットが障子にぼんやりと映った。それを指して石川氏は,「あんどんは『化け物製造機』だったのです」と言う。暗い部屋の中で怪しく光るあんどんだからこそ江戸時代の人々はお化けや妖怪を想像(創造)したということのようであった。

 それを見て筆者が想起したお化けが,あんどんの油を舐めるろくろ首だ。確かに,煌々とした蛍光灯の光の中でろくろ首が出てきてもイメージは沸かない(それはそれで別の意味で怖そうだが)。