田尾 啓一
After J-SOX研究会 会長
立命館大学 MOT大学院 テクノロジー・マネジメント研究科 教授


 これまで上場企業を中心に内部統制の整備が進められてきたが、グループ企業の整備の遅れなど、さまざまな問題点も見えてきている。

 内部統制は「文書化すればおしまい」という性格のものではない。むしろ構築後の運用こそが本来の目的であり、永続的にエネルギーとコストとを費やすべき活動である。ステークホルダー(利害関係者)が経営者に期待するものは「企業価値の向上」であり、内部統制も企業価値の向上に寄与するものでなければ意味がない。

 1年以上をかけて実施してきた内部統制の構築作業にもメドがついてきたいま、制度としてのJ-SOX対応の後、すなわち「After J-SOX」に、内部統制をどのように企業価値の向上に結びつけるのかが経営者の課題となる。そこで本連載では、After J-SOXをキーワードとして、企業が今後取り組むべき課題や企業価値向上のための施策について、16回にわたり提言させていただく。

法制度対応に追われるJ-SOXの現状と課題

 わが国では2000年3月期より、投資家向け開示情報は連結財務諸表が中心だった。2008年度(2009年3月期)からは、いよいよ金融商品取引法に基づく四半期報告制度と内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)がスタート。会計基準の国際会計基準への収れん(コンバージェンス)も進められている。これらはいずれも、企業の業績開示の公正性・透明性を高め、資本市場の安定と発展に資すことを目的としている。

 だがその一方で、情報化とグローバリゼーションの進展によって変化のスピードがますます加速し、従来のような個々の企業(個社)主体のグループ企業運営は難しくなってきている。例えば決算ひとつとっても、グループ企業が個別の会計基準、勘定体系、処理体系、帳簿組織(仕訳帳や総勘定元帳など)、情報システムで処理したものを、鉛筆を舐めながら組み替えたり調整したりする時代ではない。

 こうした経営環境の変化に対して柔軟に組織対応するため、多くの企業がグループのガバナンスと業務の連動性を高めた「グループ連結経営」に移行しつつある。

 しかし、米国と比較すると、グループ連結経営の歴史が浅いため、子会社に対するコントロールが十分でない企業が多いようである。カネボウ、ライブドア、旧大和銀行NY支店などの事例を見てもわかるように、過去の粉飾会計や不祥事は、子会社や関連会社、海外拠点で発生しているケースが多い。

 これは「子会社や関連会社などに対する内部統制が重要である」ということにほかならないが、事は単純ではない。バブル崩壊後の1990年代~2000年代前半にリストラを進めたために人材が不足し、本社機能が弱体化している企業が多いからである。海外拠点の場合は地理的に離れていることもあって、コントロールがいっそう難しい状況ではないかと思う。

 またITや情報システムについても、従来は子会社ごとにシステム化を進めてきたケースが多く、そのような企業ではグループとしての標準化や統合が困難である。それを推進する人材も足りないことが多い。

 このように、グループ全体のガバナンス強化と全体最適化を前提として、内部統制構築や経営効率化をトップダウンで進めることが喫緊の課題となっている。ところが現実に目を転じると、多くの企業ではボトムアップ的な個別業務の文書化が重い負荷になっている。

 法制度への対応に追われ、業務の標準化・共通化を併せて実施する余裕がないまま文書化を進めているため、内部統制整備にかなりコストがかかっている。今後の運用フェーズでも、評価作業に多くのコストがかかることが懸念されている。