システムのトラブルが少なく,エンドユーザーの業務を理解し,新しい提案がどんどん出てくる――。これが現在の東京海上日動システムズの姿である。ここまで一直線に来たわけではない。様々な壁にぶつかり,乗り越えてきた結果である。システム開発・運用の現場力を磨くには,三つの要素がある。「フレームワークの構築やプロセスの可視化など方法論の確立」「技術/業務スキルの習得と蓄積」「ITのプロとしての人間力の向上」である。

押井 英喜(おしい ひでき)
東京海上日動システムズ 経営企画部 ソリューションプロデューサー

道しるべ(1) 方法論◆3年間でトラブル件数を10分の1に

 一つ目は,開発や運用,マネジメントなど各種方法論の整備である。今や情報システムは,変化し続けるビジネスのインフラとなった。新しいビジネス・プロセスを支える情報システムを,確実に高い品質で計画的に構築し安定的に提供し続けることが,システム開発・運用の現場には求められている。これを支えるには,属人的なやり方を続けていてはダメで,全員が守るべきプロセスなどを定義したフレームワークを構築し,全員が現状を把握できるようその実態を可視化しておくことが重要である。

 東京海上日動システムズでは2000年ごろから,そのための方法論を次々に導入している。2000年当時は品質面での問題を抱えており,バグやシステム障害に悩まされることが多かった。各種方法論の整備と浸透によって,2000年から2002年までの3年間でトラブル件数を10分の1に削減できた。

 開発プロセスについては,開発時の各ステークホルダーの役割分担と作業内容を規定した「システムオーナー制度」や「レビュー制度」の定着を図ってきた。同時に,プロジェクトの要員,コスト,進捗状況を一覧できるアプリケーションを開発し,会社全体のプロジェクト状況の可視化を推進してきた。現在では,これらフレームワークをさらに拡大し,ユーザー企業の経営者や企画部門と連携して開発計画にも深くかかわるようになっている。

 運用プロセスについては,米情報システムコントロール協会(ISACA)が提唱する内部統制の手法「COBIT」をカスタマイズしたものを用意している。その上で,ITILの考え方をベースにプロセスを明確にし可視化した。

 品質管理を維持する観点からは,システム開発・運用を請け負っているシステムの本番環境を「お客様環境」と定義。自社内にある開発環境からお客様環境に移管する際の基準を定め,安定性の確保を徹底した。

 これらを土台としてしっかり整備することが,IT現場力の基礎になると考えている。現在も日々進化させている。

道しるべ(2)技術/ 業務スキル◆一過性でなく習得,蓄積を継続する

 二つ目は,技術や業務,マネジメントに関する知識である。知識を習得し,蓄積を継続していくには,研修制度や自己啓発はもちろん,経済産業省が規定するITSS(ITスキル標準)などを参考にした体系だったキャリアパス作りや組織的な人材育成戦略の後押しも必要となるだろう。

 東京海上日動システムズでも,この部分が正に課題であり,知識の習得・蓄積を継続できる仕組みを目下,検討中である。現在のところ必要な知識を次のように考えている。

 まず,技術は「要件定義」「設計」「構築」「インフラ」「新技術」などである。ユーザー企業の情報システム部門も,ベンダー企業の開発部門も,コストやスケジュールの効率化を目指して外注を増やしてきた時期がある。しかし,自らが技術の知識を持たないと,新技術の登場で何が実現できるようになるか,構築するシステムの業務にとってその技術が妥当なのかを自分で判断できなくなってしまう。

 次に,業務は「業務知識」「商品知識」「アプリケーション・システム」などである。IT技術の進化は目覚ましいが,新技術を追い求めるだけでは本当に必要な要件の定義や使い勝手の向上につながらない。新技術をいかに適正,的確に活用しビジネスに役立たせていくかが重要である。それらを実現するには,構築するシステムや利用者の業務実態についての正しい知識が欠かせない。

 そして,マネジメントは「プロジェクト」「ITサービス」などである。隠れたリスクを発掘し,解決に導くスキルがベースになる。技術を評価したり,提案/コンサルティングのスキルもここに入る。特に,大規模なシステムを構築したり,ITサービスとして提供し続けたりするためには,マネジメントスキルは必須であると考えている。

道しるべ(3) 人間力◆活気ある職場から提案がどんどん出る

 三つ目は,プロフェッショナルとしての人間力の向上である。ここで言う人間力とは,「高い倫理観を持ち,エンドユーザーのためになることを実践すること」「エンドユーザーと同じ価値観を持てること」である。要望を受けた通りにシステムをただ提供していればよいのではなく,時にはシステムを作らないという提案が一番よいこともある。システム・オーナーと一緒にユーザーのためにどのようにITを使うべきか,同じ価値観を持って考えられるかが,プロの人間力である。

 東京海上日動システムズではかつて,大規模プロジェクトが続き,ゆとりのない状況に陥っていた時期があった。その中で技術者はどちらかというと守りの姿勢になっていた。これを根本から変え,社員一人ひとりが生き生きとして,それぞれの力を発揮していけるように,ワークスタイル改革委員会(WakuWakuWorkstyle)を現場主導で立ち上げた。

 その取り組みの一つが「お客様基点の働き方の実践」である。営業部門や事務部門,企画部門を積極的に訪問し,彼らの目線で業務を“知る”試みである。エンドユーザーに今まで以上に近づいて,課題を発見し,より良いシステムを提供するという働き方を実践すると,自然と「エンドユーザーの課題を何とか解決したい」という強い気持ちが生まれ,提案を“考える”ようになる。さらに,課題解決に必要な技術や知識を自ら学び,ステークホルダーへ積極的に働きかけるなど“行動する”ようになる。良いシステムを提供できたら,エンドユーザーも喜び,技術者もやりがいと達成感を強く感じることができる。あとはこれを“継続”していけばよい。

 ワークスタイル改革委員会を通じて,エンドユーザーと接する機会が大幅に増えた。職場はゆとりのない状況を脱し,活気が出てきている。それまでなら思い付かなかった提案が次々に自発的に出てくるようになった。