「(1)見える力」で紹介した,住友電装コンピュータシステムが標準化に取り組もうと考えたきっかけは,CMMレベル3の取得だった。品質管理やスケジュール管理の標準化も,その活動の中から出てきたものである。

 IT業界には,体系化された優れた方法論がたくさんある。効果的に取り入れれば,限界を超える力になる。このような方法論をうまく導入することが,第5の力「学ぶ力」である。

体系化されたやり方を学ぶ

 日本ベーリンガーインゲルハイムでは,ヘルプデスクのサービス・レベル向上で壁にぶち当たっていた。「問い合わせの70%を30分以内に解決する」という目標を立てていたが,実績は65~66%で推移しており,どんなに頑張ってもそれを超えられなかった。

 「現場を見た感じでは,オペレータは一生懸命頑張っている。毎月,定例会を開催し,Q&Aの記録を報告するといった活動も続けていた」(天川猛氏)。

 もっとよい方法があるのではないか。天川氏の漠然とした思いにヒントを与えたのが,情報システム本部長だった。「本部長は前職でITILの導入を経験して,その効果を実感していた。うちのヘルプデスクにも活用できるのではないかと考えた」(天川氏)。

 ITILに詳しいベンダーのコンサルテーションを受けながら,そこで示されたインシデント管理などいくつかの手法を実践することにした。例えば,ヘルプデスクの窓口がこれまでは事実上複数あったが,これを全社で1カ所に集約した。これは,ITILではSPOC(Single Point of Contact)という考え方で示されているものだ。エンドユーザーの利便性を向上し,オペレータの負担を下げるのに効果があるとされている。

 ただし,当初は常駐している担当者への問い合わせも許可するという変則的な形で始め,徐々にSPOCの比重を高めていくアプローチを採用した。「いきなり大きく変わることによるエンドユーザーの混乱を避けたかったからだ」(天川氏)という。

 同時に,サービス・レベルを全拠点で一定にするために,それまで各担当者の感覚に頼っていた仕事の手順を整理した。具体的には,重要度判定基準,エスカレーション基準,エスカレーション・パス,重要顧客管理を明文化し,オペレータ全員で共有した。こうしたこともITILのサービスレベル管理で推奨されている。これらの工夫の結果,30分以内に解決できた問い合わせの割合を上昇させることに成功した。

ツールと一緒に取り入れる

 方法論を効率的に取り入れる良い方法は,市販されているツールを導入することだ。ツールは何らかの方法論をベースに作られているから,使いこなすことはそのまま方法論をマスターすることにつながる。

 東芝ソリューションではプロジェクト・マネジメント・ツール「MS Project」を利用している。MS ProjectにはPMBOKで定義されているWBSクリティカル・パスの考え方が組み込まれている。これに,Excelで作成するリスク管理表と課題管理表を加えたものが,同社の進捗管理で使う3点セットになっている。

 「以前は,ユーザーに言われた通りに作るのがよいとされていた。しかし今は方法論を背景に,どうやればうまくいくかをユーザーに提案できるようになってきた」と,同社の橋本浩一氏(プラットフォームソリューション事業部 プラットフォームソリューション第二部 参事)は語る。

ベースとなる考え方を深く理解する

 方法論を導入するときには,表面的なプロセスを学ぶだけでなく,そのベースとなる考え方を理解することが重要だ。要求開発アライアンスに参加する野田伊佐夫氏は,方法論の開発にコミットしていくことでそれを実践している。

 大手企業の情報システム部門で働く野田氏は,以前から「要件定義が難しくなってきた」と感じていた。エンドユーザーにヒアリングしても,ビジネスのアイデアが出てくるばかりで,システム仕様を作るのに必要な材料がなかなかそろわない。しかし,よい解決策が見つからず,実際の案件で試行錯誤を繰り返していた。

 そんなときに出会ったのが,ビジネスモデリング研究会(現・要求開発アライアンス)だった。同じような問題意識を持ったメンバーが集まり議論を重ね,「Openthology」という方法論にまとめ上げていた。野田氏も会へのかかわりを深めていき,現在ではアライアンスの中の若手を集めたネクスト21というグループを主催している。

 「組織が大きくなるほど,一部のコアメンバーが作った方法論を,他のメンバーは受け身的に学ぶだけになってしまう。優れた方法論を血や肉にしていくためには,自分から発信するなど主体的な活動が必要だと思う」(野田氏)。

 図8は,野田氏がOpenthologyをダミーの案件に当てはめて作ったチャート類である。2月のある展示会でネクスト21のメンバーと共同で実施したセミナーで利用した。

図8●要求開発アライアンスに参加する野田氏は,方法論「Openthology」を業務に応用
図8●要求開発アライアンスに参加する野田氏は,方法論「Openthology」を業務に応用
Openthologyに含まれる「スコープとゴールの明確化」と「段階的詳細化」の考え方が役に立った