「現場力」の提唱者である遠藤功氏に,本当の現場力とは何か,なぜそれが重要なのか,システム開発の現場をどう見ているかを聞いた。製造業と比べるとIT業界の現場力は見劣りがする。まずは目指すべき現場の姿を認識すること。その上で,システム開発の特性を踏まえた,問題解決の仕組みを整備することが大事だと指摘する(聞き手は日経SYSTEMS編集長,杉山裕幸)。

遠藤 功(えんどう いさお)氏 ローランド・ベルガー 取締役会長 早稲田大学大学院 アジア太平洋研究科 教授
遠藤 功(えんどう いさお)氏 ローランド・ベルガー 取締役会長 早稲田大学大学院 アジア太平洋研究科 教授

今,チームや個人の「現場力」が注目されています。ただ,その本質を理解せずに言葉が独り歩きしているようにも思います。遠藤さんが考える「現場力」の定義は何でしょうか。

 “現場の自律的な問題解決能力”と定義しています。問題を解決できる能力と,当事者意識を持っていることがその根幹です。

 「ウチにも現場力がある」という人はいます。いざとなったら徹夜でも何でもして何とかしてしまう,フットワークだけはむちゃくちゃよい,要は足腰が非常に強いことを現場力と言っている場合が多いです。それは私が言う現場力とは違う。

 確かに足腰が強いことは大切です。しかし問題を解決するためには頭脳も必要です。さらに,単に言われて動いているだけでなく,自分から動こうとするマインドもなければいけない。「足腰」「頭脳」「マインド」。これが現場力の3点セットです。

 右肩上がりで経済成長していた過去は,足腰が強ければよかったと思うのです。動いた分だけ結果が出ますから。今は,自分で需要を作っていかなければならない。求められる現場力は,昔の定義とは異なると思います。

 また,優れた戦略はすぐにまねされてしまうものです。ただ,それを実行する段階では必ず問題が出てくる。その問題を戦略の実行部隊である現場が解決できるかが,業績の差となって表れます。現場に力がある組織は,現場が戦略やビジョンの源泉になったり,出てきた戦略やビジョンに軌道修正を迫ることもできます。

強い現場と弱い現場の差はどこからくると思いますか。

 強い現場になることを阻む最大の敵は,組織の壁,人の壁です。1人で解決できる問題には限界があります。チームの力は断然強いが,そこに壁があると解決できる問題も解決できない。その壁を取り払うことが現場力向上の第一歩です。

 現場力の強い会社は,経営の求心力よりも現場の遠心力で回っています。現場担当者に責任と権限を与え,自律的に動くことを期待します。最初は小さな問題しか解決できないかもしれないが,だんだん大きな問題を解決できるようになります。間違いなくそうなります。

 ただし,TQC(Total Quality Control)でもSCM(Supply Chain Management)でも,はっきりした効果が出るまで10年かかる。それくらいの覚悟が必要です。現場のオペレーションは組織能力であり,会社の運営の中で長い時間をかけて培われてきたものです。これを変えるのは経営者が戦略を転換するより難しいのです。たとえ優れた戦略を立てても実行に移されないことは少なくありません。

 現場力向上の取り組みは,中途半端にやるくらいなら,やらない方がよい。途中でやめてしまうと次にもう一度やろうとしたときに「またか」と思われて,モチベーションが上がらない。粘着質,一貫性,愚直さが必要です。

現場の側から自ら力を付けるためにできることは何がありますか。

 まず「見える化」です。情報をオープンにして共有します。コミュニケーションの場を意図的に作って,情報を流通させるのです。問題はできるだけ上流で処理すべきですが,上流にいくほど問題は見えにくくなります。だから,早い段階で問題を設定し対処できる仕組みを作ることが大事なのです。

 トヨタ自動車の場合,その役割を担うのは製造現場の班長です。班長の強さが企業としての強さの源泉なんです。システム開発に当てはめれば,マネージャの下のリーダー・クラスでしょう。彼らが上流で問題を発見し,早い段階で解決する力を持たなければなりません。

システム開発の現場には彼らを育てる仕組みがほとんどありません。

 暗黙知はたくさんあるはずです。例えば,それを形式知にするプログラムを作ればよいのです。個人の体験を個人の資産に終わらせるべきではないと思います。

 システム開発がなかなかそうならないのは,プロジェクト単位で動くことが多いからかもしれません。製造業はラインで製品を生産するので地道に当たり前のことを積み上げていくことを大事にしてきましたが,システム開発は一気にワーッと作り上げる。作ったらおしまいという雰囲気があります。学習するステップが組み込まれていない。だから同じ失敗を繰り返すのでしょう。しかも,担当者の異動や転職など人材の流動が激しい。

 これでは,いつまでたっても現場が強くなりません。だからといって無理だとは思いませんよ。そういう特性があるから,腰を据えてやらないと流されてしまうだろうと思うのです。

今,システム開発の現場力を採点するとしたら,何点でしょうか。

 レベルの高い製造業を100点とすると,30点くらいでしょうか。逆に言えば,それだけ伸びる余地があるということです。

ものづくりの現場に学ぶ

製造現場に力があって良い製品を出荷しているメーカーでも,情報システムはボロボロだったりします。同じ“ものづくり”のはずなのに,どうしてこうも違うのだろうと思います。

 確かに製造業と比べて遅れています。先日,デンソーのQCサークルの大会に呼ばれたのですが,彼らにしても今一番苦しんでいるのはソフトウエアの開発だそうです。ものづくりの中でもその比率がどんどん高くなってきていて,品質問題が深刻になってきたと言うのです。

 製造業と違って,ソフトウエア開発は目に見えません。また仕事が属人的になりがちです。だから,製造業の考え方をそのまま適用しても,ソフトウエアの品質向上は難しいという認識でした。

 ただ,彼らには製造業で培った現場力の基盤があります。ソフトウエア開発についてもこれから相当テコ入れしてくるでしょう。製造業の発想をヒントに,もしかしたらITベンダーよりも抜本的でクリエイティブな発想が出てくるかもしれませんよ。

 例えば,ものづくりの全工程を記録に残しておくトレーサビリティの考え方があります。品質問題が発生したときに,どこの工程の問題だったのか,さかのぼれるようにする。こういう考え方はシステムにも応用できると思うのです。

ローランド・ベルガー 取締役会長 早稲田大学大学院 アジア太平洋研究科 教授
遠藤 功(えんどう いさお)氏
早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機,米系戦略コンサルティング会社を経て,現在は欧州系の戦略コンサルティング会社ローランド・ベルガー日本法人の会長。早稲田大学ビジネススクールでは,経営戦略論,オペレーション戦略論を担当。「現場力」「見える化」など戦略を実行する部隊の重要性を提唱する