「増え続けるステークホルダー間の調整や技術の選択肢の多様化など考えるべきことが多く,1人のマネージャではとても回らなくなってきた」。住生コンピューターサービスの小浜耕己氏(品質保証部 品質保証グループ長)は今の開発の難しさをこう語る。

 しかし,小浜氏が現場をつぶさに見ていくと,うまくいく人は何があってもうまくいくことに思い当たった。「彼らは他の人には見えぬ潜在リスクに気づく。だから早いうちに問題に対処できる。その人が気づくことを他の人が気づけるような仕組みを作れば,全体のレベルは上がるはずだ」(小浜氏)。

 第1の力は問題が「見える力」。すなわち問題発掘の仕組みである。

暗黙知を可視化する

 見える力は,まだ表面化していない問題を,表に引きずり出す力である。属人的なその力を仕組みに作り込んだ,小浜氏らの取り組みを三つ紹介しよう。

(1)プロジェクト計画書のひな型

 “何があってもうまくいく人”の暗黙知を引き出し,サンプルの形で整理した(図2上)。自分のプロジェクトを照らし合わせることで,見逃してしまいがちなリスクを発掘する。「要件変更による仕様変更」「移行方法,規模が不明確」といった教科書的なリスクから「進捗会議が中止されることが多く進捗把握機会が少ない」「マネジメント層からの不適切な介入がある」「食事,トイレ,休憩など生活の便が悪い」といった,経験した人にしか分からないリスクまで網羅されている。

図2●住生コンピューターサービスが実施している,潜在リスクを顕在化する工夫
図2●住生コンピューターサービスが実施している,潜在リスクを顕在化する工夫
(1)プロジェクト計画書のひな型に過去の失敗事例からリスクのサンプルを記載,(2)プロジェクトの部外者から自由に意見をもらえるシステムを導入,(3)問題の本質をぼかすような発言を抑えるために“禁句集”を作成,などがある
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(2)第三者から意見を募るノーツ画面

 週に1回,各プロジェクトの担当者が現在の課題やアクションを記入するノーツDBを用意した(図2中)。ここはマネージャやPMOといったラインだけでなく,直接は関係ない他部門からも自由に閲覧や返信ができる。

 「第三者の視点を入れることで,自分では気づかないリスクを発掘できる」(コンサルティング本部 本部長 皆川雅彦氏)という。

(3)現状を正しく報告するための禁句集

 あいまいになりがちな進捗状況などについて,正確な情報を発掘する(図2下)。進捗会議で避けたいのは,担当者に問題を抱え込まれてしまうことである。その兆候は言葉尻に表れる。

 「責任感が強い人ほど自分で解決しようとマズいことはなかなか言いたがらない。期日をあいまいにする言葉や,問題から目をそらす言葉が出てきたら要注意」(小浜氏)。そこで,報告禁句集を作った。

 ある進捗会議でMTBK(平均“禁句”期間)を数えてみた。実に4分間に1回,誰かが禁句を発していた。これでは正確な進捗情報など得られないことが明らかになった。その後,禁句集を全員に公表し,撲滅を図ったら,正確な報告がなされるように変わった。

他部門のリスクも発掘する

 住友電装コンピュータシステム(SWICS)では,関連する他部門のリスクまで発掘できる仕組みを作った。CMMレベル3取得を機に,業務やドキュメントを標準化したのである。

 従来は,相手の状況が分からず困ることが多かった。「部門ごと,チームごとに工程の呼び方やドキュメントの書き方がバラバラ。特に,システム連携するときに問題が表面化する」(業務企画部 品質管理グループ マネージャー 中村好伸氏)。そこで工程の呼び名を統一し,30種類のドキュメントの標準とそれに対応するひな型を整備した。これで各部門が相互に業務を理解できるようになり,他部門のリスクを発掘する素地が整った。

 中国の関連会社に発注したオフショア開発では,ここから一歩進めて,現地のSEが入力した進捗管理やテスト管理のデータに,SWICS側の担当者もリアルタイムでアクセスできるようにした(図3)。「テスト管理を見れば,成果物が納品される前に,品質の目安が分かる。進捗管理を見れば,報告前に遅延が分かる。向こうからの報告を待つことなくこちらからアクションを起こすことも可能で,早いうちに問題をつぶせる」(システム3部 部品グループ 中山正雄氏)。

図3●外部委託先とマネジメント方法を共有して納品前に問題を把握できるようにした,住友電装コンピュータシステム
図3●外部委託先とマネジメント方法を共有して納品前に問題を把握できるようにした,住友電装コンピュータシステム
CMMレベル3を取得し,プロセスとドキュメントの標準化を進めている。この試みはその一環。進捗の遅れや品質の低下を早期につぶしている
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