100Mビット/秒超の通信速度を目指す次世代携帯電話の動きが,ここにきて活発化している。現在の第3世代携帯電話を高度化するため,3.9世代(3.9G)携帯電話とも呼ばれる。3.9Gの携帯電話規格にはいくつかの方式があるが,中でも本命と言われるのが,現行W-CDMAの延長上の技術であるLTE(long term evolution)だ。

 NTTドコモは2008年4月,同社が「Super 3G」という名称で開発を進めるLTEの実証実験を外部に初公開(関連記事)。LTEの受信機を備えたデモ車両を使い,屋外で移動しながら240Mビット/秒超の速度を受信する様子を披露した(写真1)。日本エリクソンも,日本国内で弁当箱大の小型LTE端末を使ったデモを公開(写真2)。端末の小型化が進みつつあることを示した。総務省でも3.9G向けの新たな周波数割り当ての議論が始まるなど(関連記事),2010年の商用化に向けて,準備が着々と進んでいることが伺える。

写真1●NTTドコモが披露したSuper 3G(LTE)のデモ。走行しながら複数のHD品質の映像を受信しても,ほとんど映像は乱れなかった   写真2●日本エリクソンが披露した小型LTE端末
写真1●NTTドコモが披露したSuper 3G(LTE)のデモ。走行しながら複数のHD品質の映像を受信しても,ほとんど映像は乱れなかった
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  写真2●日本エリクソンが披露した小型LTE端末
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 一方で3.9GやLTEに関しては,「携帯電話がこれ以上速くなってどうする?」と,業界関係者からもその必要性に疑問の声があることも確か。しかし筆者はいくつかのLTEのデモに実際に触れてみて,これまでのモバイル・サービスを超えるLTEの可能性を感じ取った。以下ではそれを紹介したい。

モバイルでFTTH並みの速度,家庭内LAN配線を省ける

 LTEの特徴は,モバイル通信でありながら現在のFTTH並みの数十Mビット/秒超の実効速度を実現する点だ。確かに,現在の携帯電話端末でその速さを体感することは,ディスプレイのサイズからして難しい。しかし,家電機器へLTEの受信機能を組み込むことまで考えれば,その可能性は広がる。面倒な家庭内LAN配線を省けるからだ。

 例えばSTB(セットトップ・ボックス)やテレビへLTEを組み込んでおけば,機器を購入してすぐにIPTVサービスなどが利用可能になるだろう。実際NTTドコモのデモでは,6本のHD品質の映像を同時に受信しながら,ほとんど映像が乱れない様子を披露していた。

 現在のIPTVサービスは,有線のFTTHを家庭内に引き込んでも,テレビがあるリビング・ルームへの宅内配線がハードルとなり,あまり利用されていない。電力線モデムやIEEE 802.11nなど,有線LANよりも比較的楽な宅内配線の手段も増えてきたが,それでも設定の難しさは残る。

 LTEによって,エリア内であればどこにいても数十Mビット/秒の速度でつながっているという世界は,こうしたハードルを一気にクリアする。日本エリクソンのフレドリック・アラタロ社長は「LTEの通信機能は,携帯端末はもちろん,カメラやSTB,テレビにも入ってくるだろう」と語る。

 FTTH並みの速度を実現するばかりでなく,これまでの携帯電話と比べてパケット伝送の遅延を抑えられることもLTEの特徴だ。現在の携帯電話ではパケットの遅延は数十ミリ秒以上あると言われるが,LTEでは数ミリ秒程度に抑えることが要求条件になっている。実際,NTTドコモが披露したデモでは遅延は10ミリ秒程度に収まっていた。その特徴を生かして,LTEのネットワークを介して対戦型のオンライン・ゲームを違和感無く操作する様子も披露していた。

 このようにネットワークの低遅延を生かせるアプリケーションとしては,画面転送型のシン・クライアントなどもある。ネットワークを介したアプリケーションの操作が自然にできるようになることで,ネットワークとアプリケーションがますます密接になっていく可能性がある。

LTEによる標準技術の統一が世界を一つにする

 もう一つLTEに感じる大きな可能性は,LTEが真の世界標準となる可能性がある点だ。世界の大手携帯電話事業者の多くが,LTEの採用を検討する方向で動き出している。これまでW-CDMAを採用していた事業者はもちろん,米ベライゾン・ワイヤレスのように,これまでCDMA2000を採用している事業者にも,LTEへ乗り換える動きが見えてきた。

 CDMA2000技術を採用するKDDIも,こうした状況に悩んでいるようだ。一部ではKDDIもLTEの採用を決めたという報道があったが,同社は「まだ役員会の議題にも上がっていない」と否定する。ただ関係者によると,LTEに行くか,CDMA2000の延長上の技術であるUMB(ultra mobile broadband)に行くか,迷っている様子は伺える。

 LTEが真の世界標準になれば,これまでW-CDMAとCDMA2000という技術に分かれていたため難しかった,端末のポータビリティーが実現することになる。ユーザーは一つの端末で,世界の様々な事業者のネットワークやサービスを利用できるようになる可能性があるのだ。さらに,世界の多くの地域で機器の出荷が見込めるため,LTE機器の価格が下がっていくことも考えられる。LTEが真の世界標準となることで,モバイル・サービスがこれまで以上のメリットをユーザーにもたらす可能性がある。

 ユーザーばかりでなくメーカーにとってもLTEは好機のようだ。例えば,ある日本の携帯端末メーカー幹部は「LTEの商用化のタイミングで,もう一度世界に打って出たい」と話す。

 もちろんLTEの商用化までには,端末のさらなる小型化や周波数の確保といった面で課題が残る。しかしその先には,これまでのモバイル・サービスを超えた新しい世界があると感じている。