名古屋市出身の私は、うかつにも今回初めて豊田市を訪れた。世界のトヨタの本社に足を踏み入れ、その質素さに愕然とした。経営者のはしくれの私は、自らを振り返り反省とも感心ともつかぬ思いで前CIO(最高情報責任者)の天野(吉和常勤監査役)さんにお会いした。トヨタとほかの企業との違いは何ですか?との問いに天野さんは、この風景を上書きするようなことをおっしゃった。

 「トヨタは三河の田舎の出身。隔離された世界だから情報は陳腐化してからしか手に入らない。自分たちで文化をつくらないと負けてしまう。たまたま、そこで考えたことが世界に通用した。トヨタ生産方式も、もしトヨタが東京にいたら生まれなかったかもしれない。結論に行き着くまでに3歩進んで2歩下がる。失敗して得られた知識を横展開することで標準化を地道に愚直に進めた。情報システムの役割は分断された組織を繋ぐこと。コンピュータは嘘をつかない。ログを見すれば各組織の情報の使い方が分かる」

 縦軸に情報の種類、横軸に使っている人を書けば完ぺきなマトリックスができる。これが将来どうなるかを真剣に考えることが会社の成長につながる。出した結論は、あまりに大胆なものだった。

 天野さんの原体験が情報システムでなく、何十年という現場経験(金型の製造)であることも背中を押した。CAD(コンピュータによる設計)の世界ではワンコマンドが0.5秒だが、情報部門はバッチ処理の世界。世の中の時間軸が短くなっている時に、そんなインフラでは堪えられない。

 天野さんは、当時のパソコンより20倍は速いワークステーションを導入して、儲かる仕組みを作った。日本でいち早くUNIXを導入しソフトウエアを 入れ替えた。Javaの技術者は米サン・マイクロシステムズに頼んでシリコンバレーから来てもらった。部品表のシステムを一から入れ替えて全世界の事業所で統一。ただ、部品のコード表を1つ変えると全部のシステムを変えることになる。当時の情報システム部門は全員反対。失敗したら世界中が止まるからだ。が、「このままでトヨタの将来はありますか?」と天野さんは押し切った。

 愚直に失敗を恐れず自らが考えた信念を持って、お金を正しいところに使っていく。かくして2兆円の利益を生み出す今のトヨタを支えている。

石黒 不二代(いしぐろ ふじよ)氏
ネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEO
 シリコンバレーでコンサルティング会社を経営後、1999年にネットイヤーグループに参画。事業戦略とマーケティングの専門性を生かしネットイヤーグループの成長を支える。日米のベンチャーキャピタルなどに広い人脈を持つ。スタンフォード大学MBA