インフォアクシア代表取締役の植木真氏(左)と東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏(右)
インフォアクシア代表取締役の植木真氏(左)と東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏(右)
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 企業や官公庁がWebサイト上で様々な情報やサービスを提供するようになるにつれ,「様々な人がWebサイトにアクセス可能かどうか,Webサイトから情報を入手できるどうか」という「Webアクセシビリティ」が,非常に重要な課題になっている。利用者がこうした情報やサービスを入手できるかどうかが「生活の質(Quality of Life:QOL)」を左右すると言っても過言ではないからだ。

 Webアクセシビリティ・ガイドラインの「JIS X8341-3」策定の中心的人物である東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏と,インフォアクシア代表取締役の植木真氏の2人が,ガイドライン策定までの道のりと最新の事情,アクセシブルなサイト制作のキモを語る。(聞き手=矢野りん/ライター)


渡辺:Webアクセシビリティの世界的なガイドラインには,W3Cの「WAI(Web Accessibility Initiative)」が1999年に公開した「WCAG (Web Content Accessibility Guidelines)1.0」があります。WCAG 1.0のおかげで世界的にWebアクセシビリティが注目され,日本でも,WCAG 1.0をベースにして,省庁や企業などが独自のガイドラインを作りました。

 WCAG 1.0は,1999年という早い時期にアクセシビリティへの注意を喚起したという意義がありましたが,いくつかの欠点があることもわかっており,WCAG ワーキンググループは,早くから改訂作業に取り組んできました。完成度の高いガイドラインにするために策定にはきわめて長い時間がかかりましたが,早ければ2008年の末には」WCAG 2.0」がW3Cの勧告になる予定です。

 一方日本では,2004年6月に,日本工業規格としてJIS X8341-3「高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス-第3部:ウェブコンテンツ」が策定されました。JISは法令ではありませんが,「工業標準化法」第67条(日本工業規格の尊重)により,日本の公共機関のWebサイトはJISを遵守することが求められています。

 JIS X8341(やさしい)シリーズは,日本が国際提案したISO/IEC Guide 71「高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成配慮指針」を元に策定されており,JIS X8341-3以外にも,情報通信分野のアクセシビリティ・ガイドラインがいくつか定められています。

―― JIS X8341-3の特徴は?

渡辺:WCAG 1.0は当然取り入れています。JIS策定当時すでにWCAG 2.0の草案も公開されていましたのでWCAG 2.0の良いところも先取りしました。

 また,日本固有の問題に配慮しました。例えば「三田」が「さんだ」なのか「みた」なのかは,振り仮名がなければわからないことが多いですね。視覚を使う利用者は正しい読み方がわからなくても漢字自体は認識できますが,支援技術(スクリーンリーダー)を用いて音声で聞いている利用者は,正しい読み方がわからなければ「三田」という情報を受け取ることができません。

 これ以外にも,漢字文化圏特有の問題をいくつか取り上げました。さらに,Webサイトの設計から運営・保守に至るまでの一連のプロセスに対する要件が書いてあることもJIS X8341-3の特徴です。

素早かった企業サイトの対応

―― 公開後,規格は成功だったと実感したできごとは?

渡辺:関連書籍が数多く出版されたことですね。また,民間でも,JISを意識したリニューアルが,公開のタイミングでいくつかありました。

植木:アクセシビリティ・ガイドラインへの対応は官公庁より企業サイトのほうが早かったように思います。企業サイトの場合,2004年6月のJIS制定の1年前に富士通がまとめたアクセシビリティ指針が大きなインパクトを呼んだために,企業サイト運営者の意識が高まった気がします。

 JIS制定以前は富士通,NEC,日立,東芝というIT系企業サイトのアクセシビリティ対応が目立ちましたが,2004年には三越,三井住友銀行,野村證券,朝日新聞,読売新聞などをはじめ,業界を問わずJISを踏まえてリニューアルを実行しましたよね。

―― そもそもアクセシビリティは,運営側と制作側のどちらがより気をつけるべきことなのですか?

植木:難しいですが,最終的には運営者かもしれません。セミナーなどではデザイナーや,エンジニアが積極的に参加している姿も見受けられます。しかし,やはりサイト制作を発注するほうの運営者側に意識がないと,制作者がいくら提案をしても通らないのはよくある話ですしね。

 作る側は作る側で,あまりにも特別なことととらえずに,ページに画像を入れるときは代替テキストを入れるのが当然だ,というように考えていってほしいですね。アックゼロヨンというサイトデザインのアワードがあり,私は今年その一次審査員でしたが,年々アクセシビリティのレベルは上がってきていると感じています。

 例えば,見出しのマークアップについて,去年は妥当にマークアップされているサイトはほとんど無かったのですが,今年はきちんとマークアップできているサイトが増えていましたね。それでもまだ改善の余地は残されていますが,意識はあがってきています。

渡辺:私個人としては,アクセシビリティ・ガイドラインが法的な要件になればよいと思っています。なぜならば,アクセシビリティが義務付けられていれば,発注者側も対応せざるを得ないし,サイトを作る側も予算が取りやすいはずだからです。

 あるいは,アクセシビリティが当然のモラルとして常識化されればよいと思います。Webを作るときは文書を構造化して(X)HTMLでマークアップして,CSSで実装して,アクセシビリティにも配慮するという態度が常識になれば,アクセシビリティ向上が進みます。

 企業の場合,手間やコストをかけてアクセシビリティに対応したことに対するわかりやすいメリットを提示できないと,対応してもらいにくいのが現状でしょう。しかしメリットはあるのです。昨年秋に出版した翻訳本『Webアクセシビリティ』の第1章にも詳しく書かれていますが,例えば,メンテナンスがしやすいといった意味でWebの品質があがるのです。

■参考リンク

1) 渡辺 隆行: ウェブ・アクセシビリティ向上の要件, インターネットカンファレンス2005論文集, pp.76-86 (2005)