インフォアクシア代表取締役の植木真氏(左)と東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏(右)
インフォアクシア代表取締役の植木真氏(左)と東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏(右)
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 企業や官公庁がWebサイト上で様々な情報やサービスを提供するようになるにつれ,「様々な人がWebサイトにアクセス可能かどうか,Webサイトから情報を入手できるどうか」という「Webアクセシビリティ」が,非常に重要な課題になっている。利用者がこうした情報やサービスを入手できるかどうかが「生活の質(Quality of Life:QOL)」を左右すると言っても過言ではないからだ。

 Webアクセシビリティ・ガイドラインの「JIS X8341-3」策定の中心的人物である東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏と,インフォアクシア代表取締役の植木真氏の2人が,ガイドライン策定までの道のりと最新の事情,アクセシブルなサイト制作のキモを語る。(聞き手=矢野りん/ライター)


―― 制作サイドはどういう方法でアクセシビリティへの対応を考えたらよいですか?

植木:具体的な評価基準を反映したツールが使えるようになると思います。例えば背景色と文字色のコントラストについて現行のJIS X8341-3は「十分確保すること」と書くにとどまっている。しかし「十分」に対する感じ方は人によって違うので意見の食い違いも生じます。WCAG 2.0には適切なコントラストを算出するための計算式がある。これを利用したツールでチェックできるようになるので,むしろやりやすくなるのではないでしょうか。

渡辺:今のJISとWCAG 2.0には内容的にそれほど大きな違いはありません。JIS X8341-3はWCAG 2.0と協調することで全く新しい内容になるのではという心配は不要です。

 なお,img要素にalt属性の指示がないというようなHTMLソースの不備などはツールが自動検出してくれますが,代替テキストの文章が適切かどうかまでは,現状ではソフトで判断できません(例:写真,とだけ記入するか,赤いスーツを着た髪の長い女性の・・・の写真,とするかの違いなど)。

 だから,テストツールのチェックでOKが出たから大丈夫と考えるのは間違っています。また,テストツールの機能にはクセもはあります。だから,テストツールを上手に使いながらも,それだけに頼らず,利用者の立場に立って,コンテンツの内容も確認してほしい。

―― どういう内容にするか,これまた判断に困りそうです。

障害者に協力を仰げ

渡辺:ぜひお勧めしたい方法があります。障害者と一緒にサイトを制作することです。制作の最初の段階から参加してもらえばかなりのことがわかりますよ。ガイドラインを読み込むよりも,こちらのほうに得るものがあるかもしれないし,ガイドラインを読んだときの理解の促進にもつながります。

 障害の違いや障害者の個性による違いがあることなどに気をつけなければなりませんが,やらないよりはやったほうが絶対にいい。自分が制作したサイトのどこが使えないかがよくわかります。

植木:ユーザーテストをやること自体未経験の人も少なくないはずです。何もマジックミラーや録音,撮影装置を完備したテストルームでやる必要はない。友人でも,家族でも,とにかくサイト制作にかかわっていない人に操作してもらい,それを後ろから観察しているだけでも目からウロコがいっぱい落ちますよ。専門家が同席しなくてもいい。机と椅子とネットにつながるPCがあればできる。どんどんやってみてほしいですね。

―― アクセシビリティはノウハウをゲットすれば済むようなことではなさそうですね。

渡辺:ガイドラインをいくら読み込んでも,セミナーに通っても,本を読んでも,それだけでは十分ではないと思います。サイトを前にしたユーザーの実際の行動,支援技術を使ってWebを利用する様子を知ることが大事だと思うのです。

 アクセシビリティ対応に100点満点はありません。でも,30点でも50点でも,0点でなければ使えるし,50点から80点に改善すれば,より多くの人が利用できるようになります。だから最初から100点満点を目指す必要はないと思います。利用者の声を聞きながら,少しずつでも改善してほしい。

植木:まず必要最低限から始めると良いでしょう。例えば,企業サイトなら会社概要のセクションだけを対象にするとか。30以上あるJISの項目から10個に絞って対応してみる方法もある。それが出来たら範囲を少しずつ広げていけばいいんです。最初から張り切りすぎると長続きしなくて失敗しがちですからね。

 ユーザビリティや情報アーキテクチャ,ビジュアルデザインなど,サイトの質を決定する要素の中で,明確なガイドラインが存在するのはアクセシビリティだけだと思うんです。その他の価値判断は主観的だったり,ケースバイケースでゆれも生じたりするので,そういう意味では一番取り組みやすいものかもしれないですね。

―― デザイナーにとっても取り組みがいのある主題のようです。

植木:デザイナーがやるべきことは変わらないと思うのです。質の高いビジュアルデザインが必要ならそれを心がければよいだけ。ただ,前提が変わるだけなのです。決して制約が増えたということではないのです。新しい前提に立っていかにクリエーティビティを発揮できるかが,デザイナーとしての腕の見せ所になると思っています。

渡辺:ビジュアル的にもクールで,しかもアクセシブル。とても素晴らしいチャレンジだと思いませんか? Webはそれを可能にするメディアです。その可能性をぜひ活かしてほしい。

 あと,私たちが訳した書籍(「Webアクセシビリティ ~標準準拠でアクセシブルなサイトを構築/管理するための考え方と実践~」,毎日コミュニケーションズ発行)も理解の促進に役立つでしょうから,ぜひ手にとってほしいです。

■参考リンク

1) 渡辺 隆行: ウェブ・アクセシビリティ向上の要件, インターネットカンファレンス2005論文集, pp.76-86 (2005)