インフォアクシア代表取締役の植木真氏(左)と東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏(右)
インフォアクシア代表取締役の植木真氏(左)と東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏(右)
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 企業や官公庁がWebサイト上で様々な情報やサービスを提供するようになるにつれ,「様々な人がWebサイトにアクセス可能かどうか,Webサイトから情報を入手できるどうか」という「Webアクセシビリティ」が,非常に重要な課題になっている。利用者がこうした情報やサービスを入手できるかどうかが「生活の質(Quality of Life:QOL)」を左右すると言っても過言ではないからだ。

 Webアクセシビリティ・ガイドラインの「JIS X8341-3」策定の中心的人物である東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏と,インフォアクシア代表取締役の植木真氏の2人が,ガイドライン策定までの道のりと最新の事情,アクセシブルなサイト制作のキモを語る。(聞き手=矢野りん/ライター)


―― 将来的な話題について伺います。Webアクセシビリティ・ガイドライン「JIS X8341-3」は将来どのような方向で改定が進むと考えますか?

渡辺:JIS X8341-3は,WCAG 2.0と内容を協調させる方向で改定を進める予定です。WCAG 1.0登場から10年近く経ちましたが,ようやくWCAG 2.0がW3Cの標準勧告となる見通しです。WCAG 2.0の策定にここまで時間がかかった理由は,HTMLなどのWeb技術の進化や新しいメディアの登場にも対応できるガイドラインにするためでした。

 もう1つはテスタビリティ。つまり,Webコンテンツがガイドラインに準拠しているかどうかを客観的に判断出来るガイドラインにするためです。また,WCAG 2.0では,知的障害者に関する要件も盛り込まれました。

 W3Cは国際標準を策定できる機関でなく,あくまでデ・ファクト・スタンダードです。一方JISは国が定めるデ・ジュール・スタンダードという違いがあります。しかし我々は,WCAG 1.0が世界的に普及していることを重視しています。

 WCAG 1.0をそのまま法律にしている国もあれば,2006年に英国で策定されたPAS 78「アクセシブルなWebサイトの委託制作実践ガイド」は,WCAGを参照しています。この現状でもし日本がWCAGに沿わないと,日本だけ特殊で孤立した状況になってしまいます。我々は,WCAG 2.0に準拠していれば自動的にJIS X8341-3にも準拠している,その逆も真,という状態に出来るだけ近づけたいと思っています。

 このような国際協調はグローバルに活動する企業には不可欠です。世界標準にあわせれば日本の基準もクリアできるので,企業の負担が軽減されます。WCAG 2.0向けの評価ツール(テストツール,サイト診断ツール)もそのまま使えます。

 我々は,2004年度版のJISに対応しているサイトがどこを変更すれば新しいJISに対応できるのかの移行ガイドも示します。こうした点を踏まえて,改定作業を2008年度に始めます。2009年前半に新しいJIS X8341-3を発行するのが現在の予定です。

 しかしWCAG 2.0がW3Cの勧告になるのが遅れば,JISも遅れます。といってもWCAG 2.0のほうも急がなければならない理由があるのです。今年度に改定作業が終わる見通しの米国のリハ法508条(連邦政府や連邦政府から予算をもらっている組織が遵守しなければならない調達基準)もWCAG 2.0と協調するので,WCAG 2.0の勧告化は2008年末に行われるだろうと期待しています。WCAG 2.0が勧告になれば,世界中でWCAG 2.0に対応した動きが活発になるでしょう。

―― WCAG 2.0の構成上の特徴は?

渡辺:2007年12月に公開されたWCAG 2.0の最終草案では,12のガイドラインが4つの原則に分類されています。知覚可能,操作可能,理解可能,互換性です。

 原則では,まず人間が,聴覚や視覚などを使って情報を知覚できることを求めています。例えば,視覚を使えない利用者には,耳で聞いてもわかるように画像の代替情報を付与するとか,そういうことです。次に,知覚した情報が理解できることを求めています。例えば,一貫したナビゲーションとかフォームの入力要素のラベルとか,そういうことです。

 知覚と,理解の次は操作です。キーボードだけで使えるか,不要な時間制限をしていないか,利用者のナビゲーションを助けるデザインになっているかとか,そういうことです。このようにWCAG 2.0は,人間とコンピュータのインターラクションを認知心理学的にまとめたこれら3つの原則から成り立っていています。

 4原則最後の「互換性」は少し仲間はずれですが,支援技術との互換性を要求しています。各原則の下にガイドラインが設けられ,各ガイドラインの下には達成基準(Success Criteria)があります。そしてこの達成基準が,テストツール又は専門家によって評価可能なように記述されているのです。

■参考リンク

1) 渡辺 隆行: ウェブ・アクセシビリティ向上の要件, インターネットカンファレンス2005論文集, pp.76-86 (2005)