インフォアクシア代表取締役の植木真氏(左)と東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏(右)
インフォアクシア代表取締役の植木真氏(左)と東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏(右)
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 企業や官公庁がWebサイト上で様々な情報やサービスを提供するようになるにつれ,「様々な人がWebサイトにアクセス可能かどうか,Webサイトから情報を入手できるどうか」という「Webアクセシビリティ」が,非常に重要な課題になっている。利用者がこうした情報やサービスを入手できるかどうかが「生活の質(Quality of Life:QOL)」を左右すると言っても過言ではないからだ。

 Webアクセシビリティ・ガイドラインの「JIS X8341-3」策定の中心的人物である東京女子大学の現代文化学部コミュニケーション学科教授である渡辺隆行氏と,インフォアクシア代表取締役の植木真氏の2人が,ガイドライン策定までの道のりと最新の事情,アクセシブルなサイト制作のキモを語る。(聞き手=矢野りん/ライター)


―― ビジネス的な理論では企業が提供するサービスなり商材なりのターゲットに障害者は含まれていない,だから障害者の利便を考えたアクセシビリティに対応する必要はない,という考え方もあるのではないですか。

渡辺:私はむしろ,あなたのサイトを障害者が使っていないと言い切れるのか? と言いたいです。Webは公開している以上,誰でも見ることができます。そして障害者ほどWebを活用しているのです。

 例えば,外出できない人が居て,本が読みたいとしましょう。しかしその人は,図書館に行くことが出来ません。あるいは視覚障害者の場合を考えてみましょう。その人は図書館まで外出できても,図書館にある本は読めません。本がWebで公開されていたら,こうした人々も本を読むという目的を果たせるようになります。

 または外出できないような障害を持つ人が,身の回りの世話をしてくれる人にプレゼントして驚かそうと考えたとしましょう。プレゼントは自分で買わなければ意味がありません。でも外出は難しい。オンラインで買い物ができれば目的が果たせます。

 こうした例でわかるように,障害者ほど,Webは画期的なのです。Webによって生活の質が向上し,社会参加が可能になります。障害者のことを考える必要がないという人に対しては,このインパクトをどう考えますか? と訴えたいです。

植木:また,企業にとって高齢者,いわゆるシニア市場は無視できないはずです。すでに5人に1人は65歳以上,もうすぐ4人に1人が高齢者という超高齢化社会に突入します。市場も年々高齢化しているはずで,しかも顧客単価は高い。シニアユーザーは,加齢により少しずつ視力が落ちていったり,耳が聞こえにくくなったり,マウス操作がしにくくなったりしています。

 実際ユーザーテストをしていて感じるのは,シニア層が我々の世代と違ってテレビゲームやPCで遊んだ経験がなく,コンピュータ操作に対するリテラシーも相当低いということです。しかしその一方でWebを使うと情報もすぐに検索できるし便利で,航空券やチケットを予約したりもできるし,面倒な買い物も外出せずに済ませられるんですよね。

 2007年のCSUN(毎年3月に米国ロサンゼルスで開催されるアクセシビリティの世界最大級のカンファレンス)の基調講演では「WebはアクセシブルであるほどシニアのQOL(Quality of Life:生活の質)をも向上させる」という話もありましたが,アクセシビリティに対応しようとしているWeb担当者の話を聞くと,その理由にCSR(企業の社会的責任)という観点からの必要性を挙げる人が非常に多いのです。

 しかし残念ながらそれだけでは長続きしないんですよ。なぜなら「世のため人のためよいことをしよう」という考え方は瞬間的な行動を喚起しても,なかなか継続しないからです。Webサイトを運用していくにあたり,担当者にはやるべきことがたくさんある。結局アクセシビリティばかりにかまっていられないとなるのが現実なんですよね。

アクセシビリティはビジネスチャンスを増やすためのもの

 そんな時私はいつも「たしかにもともとアクセシビリティは障害者も同じように利用できるようにすることだが,企業サイトにとっては,より多くのユーザーがより多くの環境で利用できるようにして,ビジネスチャンスを増やすためのものだ。」とアドバイスしています。

 例えば,Web標準やSEOと一緒に考えるとわかりやすいですね。代替テキストは画像の情報を音声読み上げや点字でも伝えるために不可欠だとされるがそれだけではない。「検索ロボットはソースコードしか見ていない。もし画像に代替テキストがなかったら,画像で訴求したかった情報は検索ロボットに気づいてもらえないのですよ」と説明したりします。

 また,アクセシビリティのガイドラインにはリンクラベルをリンク先がわかるようにすべきという記述もある。これはリンクのラベルを「ここをクリック」とか「こちら」というふうにすべきでないというものです。Tabキーでリンク先を拾い読みしている音声読み上げソフトの利用者が,リンク先の内容を判別しにくくなるからです。

渡辺:こちら,こちら,おい!どこだ!というやつだね。

植木:最近の検索ロボットは文書内のマークアップのされ方よりも,そのページがどれだけのページからリンクされているのかに着目してページランクを決める傾向があります。このときリンクのラベルはリンク先のページに重要なキーワードとなるので「ここ」や「こちら」では全く意味がないのです。リンク先がわかるラベルの記述はSEO的にも有利になるんですよね。アクセシビリティの対応を検討する際は,ぜひこうした共通点もふまえて広い視野で取り組んでほしいですね。

渡辺:Webページを音声で読み上げるツールソフトがあることさえ知らない人もいます。そうした人たちがスクリーンリーダーを使ってWebを利用している視覚障害者の状況を知ることは,インパクトが大きい経験だと思います。

植木:実際どう読み上げられるかをデモンストレーションするとそれだけで驚く人もいます。しかし必ずその後に出る質問は「で,何人くらいの人がこれを使っているの?」という数の問題です。その場合統計上の視覚障害者人数や,全盲の占める割合を紹介することになります。

 そうすると「その程度の人数のために手間のかかることをしなければならないのか?」という話になるんですが,しかしそれは違うのです。先ほども言ったように,音声読み上げに対応するためのガイドライン項目への対応は,多くの担当者が普段気にかけている検索エンジンへの情報提供にもつながるわけです。これは数字に囚われると見えてこない。Webコンテンツの全体的なクオリティを上げる1つの要素としてアクセシビリティがあるというふうに考えてほしいですね。

■参考リンク

1) 渡辺 隆行: ウェブ・アクセシビリティ向上の要件, インターネットカンファレンス2005論文集, pp.76-86 (2005)