「中国進出のハードルは一段高い」――。グローバル企業でも、中国における情報システムの構築・運用には苦心している。実際、商習慣や財務会計の考え方、ITを取り巻く環境の違いは大きい。日本の常識は通じない。

財務会計システム:都市ごとに異なるルール

 中国の財務会計システムに関しては、関係者の間で体験に基づく“通説”が数多く流れている。

 「財務会計には、現地のパッケージ・ソフトを使う必要がある。そのソフトで作った財務諸表しか、財務当局が受け付けてくれない」。中国に進出しているある企業の情報システム担当者は、このような体験を明かす。ある会計事務所の担当者は、「以前、ある会計パッケージを使ったところ、このシステムでは財務諸表を受け取れないと、財務当局から突き返された。財務当局のお墨付きという評判のパッケージに入れ替えたら一転して、認可が下りた」と話す。これらは、部分的には正しいものの、誤解を含んでいる。

 まず、言葉の問題で当事者に財務当局の意図が正確に伝わっていない可能性がある。さらに、中国の財務会計制度の変更が頻繁であるため、情報が古くなっている恐れがある。中国では、市や省ごとに財務当局があり、財務諸表の形式や細かな財務会計ルールが異なることから、それらの情報が混在し、誤った情報が生まれている。

 日本との違いという意味で注意すべき点は、3つ。(1)財務会計パッケージの選択、(2)都市ごとに異なる財務会計ルール、(3)中国税法への対応、である。

グローバル対応ERPも利用可能

 確かに中国では、政府が、正式な財務報告に使用可能な財務会計パッケージを指定している。現地ベンダーである用友ソフトや金蝶国際グループの会計パッケージのほか、独SAP、米オラクルのERPパッケージなどがそうだ(図9)。

図9●中国におけるERPパッケージのシェア
図9●中国におけるERPパッケージのシェア
2006年度の売上高によるもの。中国のコンサルティング会社CCIDコンサルディングによる調査

 さらに中国では、財務会計を月次で集計し、市や省といった財務当局に財務諸表をそれぞれ個別に提出しなくてはならない。財務諸表の形式は市や省ごとに異なり、営業を開始する前には、実際に提出する財務諸表の形式が正しいかどうかを、当局がチェックする。

 「中国では不確かな情報を耳にすることが多い。特定の情報に惑わされるのは危険だ」と、カシオ(上海)貿易公司(カシオ上海)の林成彬 董事副総経理は指摘する。カシオ上海は06年10月、カシオのグローバル拠点共通のERPパッケージを導入した。米オラクルの「Enterprise One」である。

 「中国では特定の財務会計ソフトしか認められない、という話は聞いていた。しかし本当にそうなのかを確かめるため、徹底して調査した」(林 董事副総経理)。導入プロジェクトがスタートした06年の6月、林 董事副総経理は、日本から派遣された情報システムIT部門担当者2人とともに、財務当局やITベンダーはもちろん、同じEnterprise Oneを使っている日系企業にも足を運んだ。

 調査の結果、現地の会計ルールに対応する方法が見えてきた。問題は、現地の財務諸表を印刷する機能をどう実装するかだ。数値を漢数字で印字するなどの対応が必要だった。林 董事副総経理は中国語Webサイトを検索し、Enterprise Oneと連携して中国の財務諸表を印刷できるアドオン・ソフトを探し出した。S&Iテクノロジーズという、JDエドワーズからスピンアウトした中国人エンジニアが設立したベンダーによるもの。自社開発せずに済み、半年でシステムを稼働できた。情報システム部門で指揮を執った、カシオ計算機 業務開発部の安西仁グループリーダーは、「こういった対応が必要なのは、中国ならでは。他国ではここまでの開発は必要ない」と打ち明ける。

 調査でもう1つ分かったのは、かつて上海では、どの会計ソフトを利用するかについて財務当局の許可が必要だったが、04年以降は利用申請だけですむようになっていることだ。ただ、実態として、多くの企業がまだ中国製の財務会計パッケージに頼っているのが実情だ(表1)。

表1●日系企業の財務会計システムの実情
表1●日系企業の財務会計システムの実情