プロジェクトが予算超過せずに完了したとしても,それが本来目指した「成功」だったとは言えないケースが意外と多い。原因の1つは,プロジェクトマネジメントが「木を見て森を見ず」になっていることだ。プロジェクト(木)ばかりに目配りし,企業組織(森)に内在する課題への理解や対処が疎かになっている。

高橋信也
マネジメントソリューションズ 代表取締役


 そもそもプロジェクトは,なぜ必要なのでしょうか。一般的な解釈としては,プロジェクトは既存のライン組織では乗り切れない課題を解決するために作る組織です。もちろんコンサルティングにしても,システム開発会社にしてもプロジェクトそのものがビジネスになっている企業は別に考える必要がありますが,プロジェクトを発足させる企業側にとっては課題解決のための組織やアクティビティと考えてよいと思います。そして,新しいものに挑戦するためにプロフェッショナルを集め,予算・期間の制約の中でミッションを達成するために行う活動です。つまりプロジェクトは,「非常に困難なことに立ち向かう」という宿命を背負って生まれるのです。

 では,なぜプロジェクトは失敗するのでしょうか。ビジネス環境の激変,トップマネジメントの“朝令暮改”,予算の締め付け,人材不足など,いろいろな理由はあると思います。プロジェクトを成功させるためにプロジェクトマネジメントを導入したり,PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)を設置したりする企業は増えていますが,残念ながら,多くは予算管理を厳しく行うための組織であるようです。

 プロジェクトの目的を考えれば自明のことですが,予算を超過しないことだけがプロジェクトの成功でしょうか。確かに失敗はしないかもしれませんが,それだけでは決して成功とは言えません。何かが決定的に欠けているのです。

プロジェクトは「企業全体にかかわること」

 最近,こんな相談を受けました。上場している新興ベンチャー企業が,「今後の新事業を立ち上げるためにプロジェクトマネジメントを徹底させたいが,うまく行かない」という話でした。システム開発に直接関係するわけではありませんでしたが,このプロジェクトがベンチャー企業の経営に直結していることはお分かりでしょう。

 また,あるグローバル・パソコン・メーカーでは,世界中で進行しているプロジェクトの内,700程度は本社で把握・管理しているという話を聞きました。管理されていないプロジェクトを合わせると,数千レベルで存在するのだと思います。もちろんこの数字は,システム開発のプロジェクトだけでなく,新製品開発プロジェクトなども含んでいます。この例からは,「プロジェクト」という組織が企業組織全体に密接にかかわっていることが分かります。

PMOが持つべきマネジメントの視点

 「プロジェクトの成功」を考えるとき,欠いてはいけない視点の1つは「プロジェクト組織と既存のライン組織が“不可分”な関係にある」ということでしょう。繰り返しますが,プロジェクトは「通常の企業組織で対応できない問題を解決するために発足するもの」です。したがって,企業が解決したい問題は既存のライン組織の中にあり,常にプロジェクトの外側にあります。プロジェクトとライン組織の間に密接なコミュニケーションが必要なことは,改めて言うまでもないでしょう。

 だからこそ,プロジェクトマネジャの重要な役割は「ステークホルダー・マネジメント」なのです。読者の中にも日々,企業組織内の調整に駆け回っている方が多いかと思います。プロジェクトマネジャは,既存のライン組織とプロジェクト組織の狭間で,両者の橋渡しをするべく孤軍奮闘しているのです。

 こんなプロジェクトマネジャを全面的に支援することこそ,PMOに求められるミッションです。

 ただし,PMOの実情を見ていると,PMOに従事している方の多くはこのミッションをあまり意識していないように思えます。プロジェクトマネジャだけを見て仕事をしているPMO,管理標準の徹底ばかりに目が向いているPMO,そもそも立ち位置が定まらず機能不全に陥っているPMO――などです。

 これらのPMOに決定的に欠けているものは,「木を見て森を見るマネジメント」の視点です。すなわち,プロジェクトマネジャと同じ目線でプロジェクトとライン組織の両方を見る姿勢です。

 プロジェクトというのは,プロジェクトメンバーだけを見ていてはマネジメントできませんし,ステークホルダーだけを見ていてもマネジメントできません。両者の人・組織すべてに目を配り,マネジメントするのはプロジェクトマネジャの役割ですが,プロジェクトが複雑化・高度化している現在,1人のプロジェクトマネジャがすべてを見回せないケースが非常に多いと考えています。だからこそPMOの存在意義があるのです。

 プロジェクトマネジメントを実行していく上で,プロジェクトマネジャの視野が直接の関係者だけに限定されていることが多いように思います。これでは企業が抱える問題に正対できない危険性があります。もしそうなれば,プロジェクトの「本当の成功」は得られないでしょう。PMOとプロジェクトマネジャが「木を見て森を見る」マネジメントを共に実践していけば,そうしたリスクは自ずと小さくなります。

 「木を見て森を見る」視点は一朝一夕に磨けるものではありません。多くのマネジメントを実践していく中で育まれるものです。経営者は,そういった人材の育成・確保に,長期的に取り組んでいくべきと考えます。


高橋信也(たかはし しんや)

 1972年福岡生まれ。修猷館高校を卒業した後,上京。上智大学経済学部卒。ゼミは組織論,日本的経営の研究。大学卒業後,アンダーセン コンサルティング(現アクセンチュア)入社。CやC++によるプログラミングから業務設計まで幅広い工程を経験した後,2001年よりキャップジェミニのマネジャとして経営管理・業績管理のコンサルティングプロジェクトに携わる。

 コンサルタントとしての外部の目からだけではなく,内部の目でマネジメントを経験したいとの思いから,SONY Global Solutionsへ入社。その当時,最年少プロジェクトマネジャとなる。グローバルシステム開発プロジェクトのPMOリーダーとして活躍。インドにおけるオフショア開発を経験。

 コンサルテーションから,自社開発のソフトウエア提供,改革実施後のチェンジマネジメントまで,「知恵作りのマネジメント」を支援するマネジメントソリューションズを設立し,現在に至る。連絡先は info@mgmtsol.co.jp