昨年、日本ではSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)が本格的に注目を浴び、今急速に企業に普及しつつある。中でも「Salesforce」は、SaaSビジネスの先頭を走るサービスとして、多数のメディアに取り上げられると共に、ユーザー数を急速に伸ばしている。

 ただ、SalesforceはCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)であり、注目はされてもIT業界全体に及ぼす影響は限定的である。もともとCRMは業種、業務によるカスタマイズや作り込みが必要であることが多く、いわゆる手間のかかるサービスだ。

 Salesforceは手軽に、そしてスピーディに始められるサービスとして、ユーザーの支持を集めた。この戦略はそれなりに成功を収めつつあるが、サービスとしては狭い範囲でしかない。

 しかしながら、米セールスフォース・ドットコム社の動きを見ていると、実は「Salesforceはより大きな物語の序章に過ぎないのでは」と思わせる。セールスフォース・ドットコムは2007年秋、世界初のPaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)と言われるオンデマンド・プラットフォーム・サービス「Force.com」を発表した。

 PaaSとは「サービスとしてのプラットフォーム」、すなわち「インフラ、DB、アプリケーション、ユーザーインターフェースなどの各レイヤーにわたるシステム開発手段と、開発したシステムをそのまま運用することができる環境を提供するサービス」である。

 SaaS CRMで一躍有名になったセールスフォース・ドットコム社であるが、CEO(最高経営責任者)であるマーク・ベニオフ氏に言わせると、当初から将来的にプラットフォーム・サービスに持っていくことと意識していたという。現在のForce.comのことを当時は「DBforce」と呼んでいたそうである。

 マーケットに入るためにCRMから始めたが、ユーザー企業への普及がある程度進み、ネットワークやサーバーの高度化などの外部環境も整ってきたため、いよいよDBforce、すなわち“オンデマンドDB”とも言えるPaaSに乗り出したわけだ。

 この観点で位置付け直せば、SaaS CRMであるSalesforceはPaaS構想上での一つのアプリケーションに過ぎない。今まさにPaaSという本丸が姿を現し始めたのである。

 では、SaaSおよびPaaS業界の先端を行くセールスフォース・ドットコム社の戦略を点検しすることで、PaaSがエンタープライズITに対して、いかに大きな影響を与える可能性があるか、ということをひも解いていきたい。

Force.comのターゲティングから見る企業のIT化事情

 Force.comのサービスとしてのポジショニングを示すマトリクス図がある。これはセールスフォース・ドットコム社のPaaS市場に対する戦略モデルであるが、ユーザー企業のIT化の現状を俯瞰できるものとして興味深い(図1)。

図1●PaaS に適しているアプリケーション領域
図1●PaaS に適しているアプリケーション領域
データ中心型とプロセス中心型のアプリケーションが最適

 マトリクスの縦軸はアプリケーションの対象ユーザー範囲を、横軸は扱う情報の型・形態を示している。この中でForce.comがターゲットとしているのは赤い部分、すなわち全社・各部門向けにデータ(リレーショナル・データ)やプロセス(ワークフロー)形式の情報を扱うアプリケーション領域である。

 まず、対象外となる部分を一つずつ見ていこう。グループ向けのデータやプロセスの領域については、数人のグループ内でのデータ共有であればExcelやAccessで事足りることが多い。

 コンテンツ管理の領域については、Notesなどのグループウエアが全社的に整備されていたり、最近ではブログやSNSなどの新しいツールも利用できたりするようになってきている。トランザクションの領域については、全社システムとしてパッケージ製品などが導入されカバーされているケースが多い。

 こうしたITでカバーできない領域、すなわち“Excel以上、全社システム未満”のシステムは現在、企業内にどれだけ存在するのであろうか。そして、この領域に適したツールには、何があるのだろうか。実はこの部分こそ、PaaSがターゲットとしている領域であり、企業内で今ITが欠落している部分なのだ。