連載第1回では、エンタープライズ・システムの世界において、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の普及を足がかりとして、今PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)と呼ばれるプラットフォーム・サービスが本格的に始まろうとしていることを見てきた。

 その際に指摘した従来のITでカバーできない領域、すなわち“Excel以上、全社システム未満”のシステムへのPaaS適用について、今回と次回で具体的な事例をベースに解説しよう。

「利用部門に“仕返し”できるな」とつぶやいたIT担当者

 ある大手メーカーのIT部門の担当者は、セールスフォース・ドットコム社のPaaSである「Force.com」を初めて見たとき、「これで利用部門に“仕返し”できるな」という感想を漏らした。この担当者が後日、同じ言葉を別の大手メーカーIT担当者にぶつけたところ、「何となく分かる」という返事が返ってきたという。

 この言葉は、今の日本企業のIT部門と利用部門の関係性をよく表しているものだと言える。IT部門には日々、現場から様々なシステム化の要望が上がってきているが、既存の基幹システムの運用に注力せざるを得ず、現場の細かな要望にまで対応している余裕がない。

 このような背景の中で、PaaSが登場してきた。日ごろ苦労しているIT部門からすれば、「現場部署は、IT部門に頼ってばかりいないで、こういうツールを使って必要なシステムは自分たちで作ってくれ」という気持ちだろう。思わず先の“仕返し”という表現となって口に出たようだ。

 今の日本企業のIT部門と利用部門との間には、そんな刺激的な表現が出てくるぐらい、双方の思いの間に大きな乖離、不満、緊張感が存在する。

 IT部門が対応できない利用部門のIT化については、ファイル・サーバーやExcel、Access、あるいはLotus Notesといった現場だけで作ってメンテナンスできるような簡単な仕組みで対処してきた。利用部門はExcelのデータを手で切り貼りすることで、データ共有や分析・加工に近いことを何とか行っているという状況なのだ。

 このように今の日本企業はIT化が進んでいるようでいて、実は特に各利用部門が要望するシステムについては、まだまだ対応できていない部分が数多く残っているというのが実態である。

 では、そうした現状に対して、PaaSはどのような回答を出せるのか。今回は、PaaS対象領域のマトリクスで言うと破線で囲った「データ共有」に関するシステムについて、事例を通じて考えていきたい。(図2)。

図2●PaaS に適しているアプリケーション領域(データ中心型)
図2●PaaS に適しているアプリケーション領域(データ中心型)

事例1 大手証券会社A社の情報共有システム

 ある大手証券会社A社は、個人投資家や企業のIR担当者へのマーケティング活動・スケジュール管理に関する情報や、各種活動記録、調査レポートなど多岐にわたる情報・ノウハウを保有しており、これらの効果的な蓄積・活用に課題を抱えていた。

 従来は、Excelなどで情報管理を行っていたが、大量のデータを検索し、頻繁に更新を行うのはExcelファイル・ベースだと非常に煩雑である。また、営業とリサーチ部門との間でデータ共有を行う場合、ファイルのやり取りでは効率が悪かった。

 これらの情報管理のためのパッケージ製品も存在するが、株式取引業務はもともと非定型的かつ特殊な業務であるため、要件にフィットしない。また、取り扱う情報項目も日々変わる。いったん大掛かりなシステムを組んでしまったら、利用部門がIT部門に依頼して、データベースの項目を足してもらわなければならず、それには時間もコストもかかる。

 そのため固定的なシステムを作り込むわけにはいかず、運用コストの面から考えても、Excelなどの簡単な方法で対処するしかなかった。

プラットフォーム・サービスを活用し3カ月で立ち上げ

 そこでA社は、セールスフォース・ドットコムのPaaSソリューションの前身とも言える「AppExchange」を使ってシステムを構築し、2006年10月から運用を始めた。新たなサーバー構築が不要でセキュリティ基盤も整っているため、IT部門に負荷がかからず、比較的柔軟にカスタマイズできるため、短期間での導入が可能だったという。

 このシステムでは、様々な作り込みがされている。例えば、慣れた株式の4 桁コードを入力するだけで見たい銘柄のデータを表示できるように、AppExchange上で提供されるアプリケーションをカスタマイズし、1~2クリックで必要なデータにアクセスできる仕組みを構築している。

 このソリューションはリレーショナル・データベースを組めるため、特定の条件で情報を引き出すこともできるし、細かい条件で蓄積情報を検索することもできる。また定性・定量情報を同じキーでマッチングさせて、分析することもできる。従来のExcelなどによる情報管理では容易には実現することはできないものだ。

 さらに、このソリューションはGUIベースで簡単にDBテーブルやデータ項目の追加ができる。このため、日々の業務の中で新しい情報が出てきたら、すぐにそれも足してデータ分析に利用することができる。

 「多少のカスタマイズであれば、SEを呼ばなくてもトライ・アンド・エラーで自分たちが行えたことも、短期間で導入できた理由だ」と担当者は語る。結果としては複雑な作り込みになったが、検討開始から3カ月という短期間で稼働を開始することができた。