今回は,某飲料メーカーに所属する営業担当者の,見事なビジネス戦術を紹介することにしましょう。

「経営戦略ではないのですね?」
M係長が,牽制する質問をしてきました。

 軒を並べて競(せ)り合っているコンビニ店を舞台にした局地戦ですから,戦略ではなく戦術になります。競争の条件は次の通りです(図1)。

図1●コンビニ店における飲料メーカーの競争条件

(1)二大コンビニ店であるS店とL店が軒を並べています。コンビニ店としてのブランドに差別化はなく,顧客はどちらでも訪れる可能性があります。
(2)両コンビニ店に,これまた二大飲料メーカーである甲社と乙社がミネラル水を卸しています。ミネラル水に嗜好(しこう)の別はなく,顧客はどちらでも買う可能性があります。

「なるほど,図1の条件(1)は,顧客が,軒を並べたコンビニ店を訪れる確率は50%ずつ,ということをいいたいわけですね」
「さらに図1の条件(2)も,甲社と乙社のミネラル水が買われる確率は50%ずつ,ということでしょう」
M係長の発言を,K主任が補足してくれました。

 お二人の炯眼(けいがん)には,恐れ入ります。そこでもう一つの条件として図2を加えます。

図2●ミネラル水の取り扱い本数
コンビニS店にある陳列棚の方がコンビニL店の陳列棚よりも若干大きいため,両店の棚に並べられるミネラル水の数には次の差があります
甲社のミネラル水 乙社のミネラル水 取り扱い本数合計
コンビニS店 18本 18本 36本
コンビニL店 12本 12本 24本

 甲社と乙社は二大飲料メーカーとしてシノギを削っているので,店頭に並べる本数について,互いに30本ずつ(=18本+12本)のシェアを譲ろうとしません。

「陳列棚を折半することで双方が我慢する,といったところですね」

 図1の条件(1)と条件(2)の可能性は,すべてが50%ずつですから,甲社と乙社の売上高はまったく同額です。そこで甲社の担当者が一計を案じて,乙社に次の提案を行ないました(図3)。

図3●甲社担当者から乙社への提案

コンビニS店にある甲社の本数を18本から15本に減らし,その差3本をコンビニL店に振り分けたい

 この図3の条件が採用されれば,図2で示した取り扱い本数は,次のように変更されます(図4)。

図4●ミネラル水の取り扱い本数の変更
甲社のミネラル水 乙社のミネラル水 取り扱い本数合計
コンビニS店 18本 18本 36本
コンビニL店 12本 12本 24本
甲社のミネラル水 乙社のミネラル水 取り扱い本数合計
コンビニS店 15本(3本減) 21本(3本増) 36本
コンビニL店 15本(3本増) 9本(3本減) 24本

 甲社の担当者から図4を提案された乙社の担当者は,どう反応したと思いますか?

「そりゃあ,快諾したでしょう。だって,30本のシェアを維持しつつ,取り扱い本数合計の多いコンビニS店(36本)で,18本から21本へと増やせるのですから」

 M係長のいう,18本から21本へと増やせるというのは,図4においてグレーで表示したところですね。

「そうです。コンビニS店で21本も並べられるとなれば,経済学でいう『規模の経済効果』が働いて,どう考えたって乙社に有利になりますよ」
「甲社は血迷ったか,と笑われるでしょうね」
K主任も同じ意見のようです。

 そこで,甲社の担当者は血迷ったフリをし続けて,コンビニS店とコンビニL店からも了解を取り付け,図4下段にある本数構成に変更することに「成功」しました。

「タカダ先生,これには何か,カラクリがあるということですね?」
もちろん,そうです。

 カラクリの正体を探るものとして,高校の数学で習った「条件付き確率の乗法定理と加法定理」を思い出してください。確率関数をP,条件付き確率関数をQとすると,次のようになります(図5)。

図5●条件付き確率の乗法定理と加法定理
P(甲社) =P(コンビニS店)・Q(甲社)+P(コンビニL店)・Q(甲社)
=0.52(表示桁数未満を四捨五入)

 0.52をパーセントで表わすと52%。

「なるほどぉ,甲社と乙社とで50%ずつのシェアを維持するように見せかけておいて,甲社は実質的にその販売シェアを50%から52%へと拡大させることができるんですねぇ」
これにより甲社の売上高は常に,乙社の売上高を1割近く上回ることになります。
「おまけに,コンビニS店とコンビニL店とに15本ずつ均等に配送するとなれば,配送効率が上がりますね」

 ITというのは何も,パソコンの画面に向かってシステムを組むばかりではありません。甲社の担当者のような「会計知」があれば,売り上げを伸ばして,かつ,コストダウンを図る「一石二鳥のシステム」を作ることができるのです。「会計アレルギー」を自認する乙社の担当者は,「30本ずつのシェアのはずなのに,なぜ,売上高に1割近くの差がつくのだろう」と指をくわえて不思議がるばかりです。

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/