米国時間2008年4月3日,米Appleは同社が米国の音楽小売市場で1位になったと発表した。調査会社の米NPD Groupが行ったアンケート調査集計結果を引用したもので,それによると2008年の1月と2月,Appleのデジタル・コンテンツ配信サービス「iTunes Store」の音楽販売が,これまで首位だった小売り最大手の米Wal-Martのそれをついに抜いた。これによりAppleは全米第1位の音楽小売業者になったという(関連記事:「iTunes Store」が米国音楽小売り販売で首位に,Appleが調査結果を引用)。

 Appleは調査の詳細を公表していないが,同社が従業員向けに送った電子メールには記載されていた。米Ars Technicaがメールを入手しており,その内容を報じている。これによれば,1月におけるAppleのシェアは19%,Wal-Martが15%で2位となり,3位は13%の家電小売り大手Best Buy。そしてAmazon.comと小売り大手のTargetがともに6%で4位となった。このあと,書店大手のBordersとBarnes & Noble,家電のCircuit Cityなどが続いている。

 2007年6月におけるAppleの音楽配信のシェアは3位。この時点では,ようやくAmazon.comを追い抜いたという程度だった。しかしAppleは2007年12月にBest Buyを抜いて2位となり,その後とうとうWal-Martを抜いてしまった。これには音楽ギフトカードの販売が大きく寄与したとArs Technicaの記事では分析している。

 AppleがiTunes Storeのサービスを始めたのは2003年の4月末のこと(当時の名称は「iTunes Music Store」)。同社は自らデジタル音楽配信という市場を創出し,サービス開始からわずか5年でトップの座についた。このことはデジタル配信専業のiTunes Storeが,音楽CD販売が主体の小売り大手各社を抜いたことを意味しており,エポックメーキングな出来事といってよいだろう。

音楽市場は今後5年でさらに変化

 現在のデジタル音楽配信の音楽販売市場全体に占める割合は30%という。ほんの数年前には考えられなかったことだったが,それが現実に起こっているようだ。さらに米Forrester Researchの予測によれば,これから先の5年でまた大きな変化が起こる。同社は,米国における音楽CD販売は今後も減少が続き,その一方でデジタル配信は年平均23%で成長していくと予測する。その結果,2012年にはついにデジタル配信がCD販売を上回るという(関連記事:米国音楽ダウンロード市場,2012年にはCD売り上げを抜き48億ドル規模に)。

 音楽の売り方,買い方はこれからも大きく変化していく。その鍵となるのが,ハードウエアやソフトウエア業界だとForrester Researchは分析する。ハードウエアとは「iPod」に代表される携帯音楽(メディア)プレーヤのこと。常に使いやすいハードウエアが登場することで音楽市場は活力を得る。そしてソフトウエアとは,デジタル・コンテンツそのものの変化のことだ。デジタル著作権管理の制限がない(DRMフリー)楽曲が普及することで,ユーザーが購入した音楽は,iPodに限らずさまざまな機器で再生できるようになる。これに伴って機器の普及も進み,一世帯で何台ものプレーヤを所有するようになる。こうした相乗効果でデジタル音楽配信市場は拡大していくという。

時代の先駆者,Appleの役割は多大

 考えてみればこれはAppleのこれまでの施策そのもののように思う。同社は,音楽配信/管理ソフト「iTunes」のWindows版を無償配布することで,iPodをWindowsユーザーにも使いやすくし,同時に楽曲の販路も大きく広げた。また携帯電話「iPhone」やネット接続機能付きiPod「iPod touch」では,パソコンに接続することなく端末から楽曲をダウンロード購入できるようにするサービス「iTunes Wi-Fi Music Store」を導入。購入した楽曲はパソコンに転送して保存できるようにした。これらコンテンツはユーザーが購入したもので,ユーザーが所有するものというのがAppleの基本的な考え。だからコンテンツは機器間をムーブ(移動)するのではなく単にコピーされる。ユーザーは自分の持つ複数の機器で常にコンテンツを利用できるのだ。

 またAppleのCEO,Steve Jobs氏はいち早くDRMフリーの音楽配信を提唱(関連記事:著作権管理にはメリットなし!? 欧米で広がるDRMフリーの音楽配信)。英EMI Groupの賛同を取り付け,2007年5月にiTunes StoreでDRMフリー楽曲を提供する「iTunes Plus」を開始した(関連記事:Apple,「iTunes Plus」でDRMフリーの曲を99セントに値下げ)。

 その後大手レコード・レーベル各社もこれに追従する形でDRMフリーの楽曲販売に乗り出している。今では,EMI Music,Universal Music Group,Warner Music Group,Sony BMG Music Entertainmentの世界4大レーベルすべてがDRMフリーの楽曲を販売している。Steve Jobs氏の提言からわずか1年にも満たない出来事だ(関連記事:Sony BMG,DRMフリーの楽曲を購入できるギフトカード「Platinum MusicPass」発表)。

 こうしてユーザーは購入した楽曲をどんな機器でも利用できるようになった。Appleはハードウエアとソフトウエアのインフラを整備したうえで,コーヒー・チェーンのStarbucksとの提携や,音楽ギフトカードの販売促進といったマーケティングも組み合わせ,現在の成功を収めるに至った――。筆者がこれまで見てきたAppleの動きにはこんな経緯があった。