国立情報学研究所
情報社会相関研究系 助教
上田 昌史

 NTTによるNGN (Next Generation Network) の商用サービスが始まった。といっても、多くの人々にとっては、どこか遠い世界での出来事に感じられるのではないだろうか。これは、NTTのNGNの特徴、つまり、技術先行で具体的に使ってみたいというサービスがうまくアピールされていないのだ。

 これは、かつて日本移動通信(IDO)やセルラーグループ (2社とも現KDDI) のcdmaOneやNTTドコモのFOMAが開始された時とよく似ている。一般のユーザーは高い速度や高度な技術といった抽象的な宣伝では使ってみたいと思わない。それよりも、「iモード」や「着うた (フル) 」といった具体的なサービスを望んでいるのではないだろうか。その証拠に、前者は技術的な優位性にもかかわらずユーザー数の伸びにさほど貢献せず、後者は技術的な側面はともかく、歴史的なヒットであった。

NGNに望むもの

 では、ユーザーは何を望んでいるのであろうか。それを考えるのに有用なデータが2つある。IT戦略会議の設置や平成の大合併に前後して、政府の補助金を受けて中山間地を中心として地方自治体が独自にFTTH整備を行った。この中で最も利用されているのは、補助金の性質上、アナログ防災無線を置き換えるIP告知サービス (90%以上) であるが、次いで利用されているのがケーブルテレビ (70%程度) である。ブロードバンド・インターネットは、地域差はあるものの、多くの自治体で50%以下である。つまり、これらの先端エリアでは、地上波放送再送信サービスが望まれているのである。

 では、都心部での先端ユーザーはどうだろうか。NTTのNGNショールームであるNOTE(東京・大手町)来訪者に対して情報通信総合研究所が実施したアンケート調査「NGN利用意向に関するアンケート調査 (速報) 」によると、ショールームに展示されていたサービスのうち、「利用したいと思う」と回答されたものの上位 (50%以上) のサービスは、
・ 必ずしも双方向性を伴わない映像コミュニケーション
・ 医療・福祉・防災といった公共的な利用
といったサービス群である。

 かろうじて「ハイビジョン映像コミュニケーション」と「高品質IP電話会議装置」が入っているが、テレビ会議以外、上位にビジネス用途のサービスはあまり期待されていないようである。むしろ、テレビやビデオといった既存の放送系リッチコンテンツの利用や公共的サービスの提供を期待している、という傾向が見られる。

 これらのデータから分かるように、現在のところ、次世代インフラとしてのNGNに期待されているのは、ビジネス用途よりも
・ 映像系コンテンツの伝送路にも使用可能なこと
・ 医療・福祉・防災の公共インフラを担うこと
が求められている。加えて、そのインフラを用いて、ストレスのないテレビ会議ができるのであればなおよい、といった期待もうかがえる。

 これらの先行するユーザーの望むサービスは、放送・映像系コンテンツの配信である。間もなく、NTTが光ファイバ契約の2000万加入を目標とする2010年、アナログ地上波放送の停波が行われる2011年とユニバーサルサービスに関して重要な節目の年を迎える。これは、近年盛んになってきている放送と通信の融合に関して議論をするよいきっかけになるといえる。

海外ではクワッドプレイ競争が

 ブロードバンドに関しては遅れ気味であった米国は、一昨年あたりから長距離・市内・移動体をそろえた2大通信会社 (Verizon、AT&T) とケーブルテレビ会社 (ComcastやTime Warner) によるトリプルプレイ (電話、ブロードバンド、テレビ) 競争が始まり、ブロードバンド普及率において、日本に追いつき追い越した。

 また、ブロードバンド先進国の韓国ではハナロ通信によるIPTVサービスの提供を皮切りに韓国通信 (KT) とハナロ通信の2大通信会社によるデュオプレイ (ブロードバンド、IPTV) 競争が始まった。加えてハナロ通信が携帯電話最大手SK通信に買収される予定なので、間もなくトリプルプレイ競争が始まる。

 この米韓の事例から分かるのは、固定・移動電話・通信に加えてテレビを提供するクワッドプレイ競争が本格的に始まっているということである。

NGNの競争環境

 KTの場合、帯域保証のプレミアムネットワークを「ハイビジョンテレビが見られるIPTV」としてハナロ通信との差別化を図っている。日本の規制では、NTTはオープンなプラットフォームとしてアクセス網を開放することで、ブロードバンド先進国になってきた。NGNでも仕切り直しはなくアクセス網の開放で競争する。その中で、地上波再送信を中心とした映像系コンテンツへの需要がみられる。

私の提言

1. NGN上で、マンションの管理組合を説得できるような「リーゾナブルで使ってみたい映像サービス」を提供しよう。

2. グループ以外のパートナー企業とも協力して、NGNにエコシステム (お金をとってビジネスになる場) を構築しよう。

3. NTT直営以外であっても、光化の進んだ地域ではNGN接続を促進しよう。


上田 昌史(うえだ まさし)
国立情報学研究所 情報社会相関研究系 助教
京都大学経済学部卒、同大学院情報学研究科修了。関西大学ソシオネットワーク戦略研究センターを経て現職。2006年オーストラリア国立大学経済政治大学院客員研究員。経済学の視点からオープンソースソフトウエア、ブロードバンド、電力といった社会ネットワークインフラを分析。とくに、ネットワーク産業の競争モデルと社会に与える影響について研究している。主な訳書:シャイ『ネットワーク産業の経済学』シュプリンガーなど。